契約解除
「この契約書は、この男のものですね」
デメナが契約書を確認しながら、牢獄にいる者へと視線を向ける。
かび臭さや排泄物の匂いが籠もっており、酷い環境だ。だが、魔力を限界まで搾り取られており、痩せこけている。
名前を確認すると、かつてアスティアノで身内を複数人撲殺した、それなりの貴族生まれの男だ。百年ほど前に魔界から追放されている。悪魔を撲殺できるほどには体格も筋肉もあったのだろうが、今では見る影もない。
倒れている男に近寄ろうとするも、結界のようなものが張られている。先程ソロモニア側が自分達を拘束するために使った、空間拘束術式だろうか。
先程同様に、力で解除することも可能だ。だが、ここは牢獄だ。あまり派手にやられると困るだろう。
「…クロニオスさん」
「おう」
穏やかに結界や契約による魔力拘束を破壊するためには、自分がやるかクロニオスの魔力を借りるかの、どちらかだろう。
呼ばれたクロニオスが、デメナの隣にやって来た。クロニオスが自身の手に、白色の魔力を集めたうえで、結界にかざす。
すると、クロニオスの魔力に頭を垂れるかのごとく、結界を維持する魔力が霧散していく。
やはり、格下の魔力の存在を認めない性質を持つ『魔王の資質』は、人間の魔力に対しても有効なようだ。この力だけは、デメナにも理解しきれない、異常魔力だ。
結界が解除されても、中にいる男は特に反応を見せない。そもそも、意識がないのであろうか。
「転送準備だけしておく。解除は任せるぞ」
「えぇ、助かります」
デメナはクロニオスに礼をいうと、目の前の契約書に意識を向ける。
契約書そのものに、悪魔を縛り付けてる魔力が宿っていた。この紙に込められた束縛魔力こそが、悪魔をこの組織に無理矢理従わせ、魔力を搾り取っている。
強い悪魔なら抵抗することも不可能ではないかもしれないが、悪辣なソロモニアのことだ、先に念入りに拘束したのかもしれない。
ーーーだが、その術式は、明らかに粗い。百年程前に無理やり契約を結ばせたあと、そのまま術式を更新していなかったのだろう。
先程自身が解析した、ソロモニア最新鋭の拘束術式よりも、解体は楽だった。
デメナが解体を進めると、契約書に薄く張られている魔力の膜に、ドンドンと亀裂が走り始める。
「何じゃ、デメナは手品でもやっているのか?」
「恐らく、違うかと…」
後ろで首領の監視をしているサブリナが、茶々を入れてくる。それを、キマエが穏やかにたしなめている。
確かに、手に持った契約書に張られてる魔力膜が、何もしていないのにも関わらず、ひび割れていく光景は異様だろう。自分としては、解体した結果壊れていっただけに過ぎないのだが。
魔力膜の欠片が、ボロボロと剥がれて落ちる。それに伴い、倒れてる男の周りに纏わりついていた束縛魔力も、完全に崩壊してしまった。
ーーー契約、解除完了だ。これでこの男は、少なくとも人間に搾り取られる側の悪魔ではなくなった。
「…悪魔本人が本心では不同意だったからこそ、これだけで解除できるんですよね」
「だろうな。お互いが認め合ってんなら、そもそも束縛がいらねぇしな。外部からの働きかけで解除はしにくくなるが」
デメナが何気なく呟いたクロニオスはそう言いながら、男の下に赤い転送陣を敷く。
少しすると、男の体が赤い光で包まれ、気づいた時には姿が消えていた。
「どこに転送されたんです?」
「魔界の地下牢区画。罪人だから、相応に扱うだけだ」
クロニオスはそう言うと、ゆっくりと空になった牢獄から出てきた。
デメナも、契約書類を一枚めくる。そこには当然、別の悪魔の名前が記されていた。
「次はどいつだ?」
「ご案内、してくださいますよね?」
ソロモニアの首領から抜き取った魂魄を片手に握り、再びプレッシャーをかける。
脅しのようなことは好きではないが、逆らう気など起こさせる気は、さらさらなかった。
首領は不満げにしながらも、こちらを案内してくれるのだった。




