父母の激怒
この男、この期に及んでまだ、自分が正しいことをしていると思っているのか。
もはや、呆れて言葉も出なかった。
「ここは人間の世界だ。人間以外の種族は、その種族であるだけで無価値。底辺の存在だ…」
首領は怒りと屈辱で震えている。本来なら怒鳴り散らすところなのかもしれないが、デメナに魂魄を握られてるからか、声は控えめであった。
クロニオスは顔をしかめながら、その様子を見つめていた。デメナも同様だった。
「魔界とて、貴族がいて、対照的に最底辺の場所があると聞く。すなわち、魔界にも価値なき存在が一定数いると言う話ではないか」
「…何が言いたい?」
その言葉に、クロニオスの顔が険しくなる。
このタイミングでまだ、屁理屈でもこねるつもりだろうか。
「価値なき者は、一生価値なき者だ。悪魔である、その一点だけで、人間界で価値がつくことはない」
「…ほう」
首領の理屈に、サブリナが少し興味深そうに聞いている。サブリナにとってみたら、この手の人種とは接する機会が多くないこともあるのだろうか。
「価値なき存在は、一生価値ないままだ…!人間界で存在することが罪である存在を、我々が有効に…っ!?」
存在することが罪。
かつて、娘のペルセが自分達の元へ帰る前、ダスノム差別をし、優生思想に染まっていたアンドレイスという男に言われたという言葉。
その言葉を言われ、一気に怒りが頂点に達してしまう。気付けば、クロニオスはガラスタンクを裏拳で強く殴りつけていた。
轟音。
ガラスの砕ける音。そして、割れたガラスが地面に落ちる音が、部屋の中に響き渡る。
中に入っていた魔力の結晶が、床に散らばる。色合いや形からすると、その純度はかなり低いように見える。
首領が息を呑んでいる。サブリナすら、動揺を隠せていない様子だ。
「…クロニオス…お主…」
「存在が罪…今、そう言ったな?」
ガラスの欠片で、自分の拳が傷付いている。手の甲が傷付き、血も出ている。だが、それも気にならなかった。
「な、なんだ…。存在価値ないガラクタに、価値がないと言っただけだぞ…」
「何でそれを、テメェが決めるんだ」
かつてペルセは、最底辺であったダスノムで育ったというだけで、二度も命を狙われている。その際に、面と向かって大の男に存在価値を否定された。
無論、今回は魔界から追放された罪人が相手ゆえ、そう単純な話でもない。だが、それでもクロニオスには耐えられなかった。
「生まれや種族なんざ、本人にはどうしようもねぇだろうが。それでも、種族での差別を容認するのか?あ?」
「容認も何も、人間界では人間こそ至高!自然の摂理にうぎっ!?」
首領はまだ何か言おうとしていたが、急に悲鳴をあげる。どうやら、デメナが再び手中の魂魄を摘んだらしい。首筋を押さえてることから、今度は首に対応する部分を摘んだのだろう。
「耳が腐ります。黙っててください」
デメナの声も、恐ろしく冷たい。自分のように周りに当たったりはしていないが、やはり内心では同様に激怒しているのだろうか。
首領はその一言で、すっかり怯えきってしまった。先程は腕だったが、今度は首を掴まれたのだ。デメナに握られてるものがいかにまずいものなのか、改めて思い知らされたことだろう。
「契約の情報はあります。それぞれの悪魔の名前も。これだけ情報があれば、契約で縛られてる悪魔を、拘束から解くことができます」
「分かった」
「クロニオスさんの先程の一撃で、牢獄の悪魔から魔力を吸い上げる機械が壊れたようです。…機械音は、この装置の駆動音だったようですね」
ーーー正直、最も目に付くガラスのタンクを、思い切り殴りつけただけだ。中に魔力の塊があるのは認識していたが、それが良かったのか。
「行きましょうか。それぞれの悪魔がどこに投獄されてるのか…全て、ご案内していただきますよ」
デメナは首領の肩に手を置いて、改めて圧力をかける。
夫である自分にさえ見せたことがない、本気の激怒。やはり、敵に回すべきではない。
今日、何度目か分からない思考をしながら、その部屋を出ていくのだった。




