生存と、実感
暗闇の底に到達した。
ーーー何だか、やけに体が重い。指を動かすこともままならない。
「う…」
呼吸も、やり方が分からない。息が、苦しい。
暗闇の外から、何か声が聞こえる。
誰の、声だ。何か言ってる気もするが、ハッキリとは聞き取れない。
重い瞼を、わずかに開ける。
暗闇の中に、微かな光が見える。
「…うぅっ…」
少し遅れて、お腹に鈍い痛みが走る。しかし、痛い部分をおさえることもできない。
同時に、腹に何か巻かれてる感触を感じた。硬い布のような…。
ーーーここは、夢ではないのか。
瞼を完全に開き、ぼやける目で辺りを見回す。
何一つ、具体的には分からない。形だけが、ぼんやりと見える。
「…あ〜、起きたんだ〜」
聞き慣れた、間延びしたような声が聞こえてきた。慣れ親しんだ、どこか落ち着く声ーーー。
「…マー…ル…さん…」
何とか声を絞り出す。しかし、実際に出たのは、掠れた弱々しい声であった。
だんだんと、視界がクリアになってくる。マールの顔が、表情が、はっきりと見えてきた。
「よかった〜…起きたんだね〜」
マールはペルセの寝ているベッドの隣にあった椅子に座っていた。
ーーー視線を動かすと、その向こう側には、ペルセが寝ているベッドに突っ伏すようにして寝ている人影があった。
今までに見慣れた、燃えるような赤い髪。しかし、いつもと違い、その髪はすっかりボサボサになっていた。
「…あれ、って…」
「ハイーラったら、頑張りすぎちゃったんだね〜」
ーーーやはり、ハイーラだった。
声をかけようとするも、マールは首を振り、それを止めてきた。
マール達の足下を見ると、潰れた容器と、布の切れ端があちこちに散らかっている。マールの家ほどではないが、かなりの量だ。
マールならともかく、ハイーラがこんなに部屋を汚くするだろうかーーー。
「あ〜、そうだ〜」
そんなことを考えていると、マールが優しく、ゆっくりとペルセの背中に手を回し、上半身を起こしてきた。
ずっと寝ていたからなのか、体がかなり固まっているのを感じる。
「いつつ…」
「大丈夫〜?無理なら無理だと言ってね〜」
腹の鈍い痛みとは別で、体が痛む。ゆっくりと体が起こされるにつれ、固まった筋肉がきしんでるような感覚がした。
そんな中で、マールは穏やかに声をかけてきた。
「…お腹、空いたでしょ?」
「…へ…?」
そう言って、マールは一つのパンを、ペルセの手の届く位置に、そっと差し出してきた。
ーーー包み紙が、クシャクシャになっている。用意されてから、随分と時間が経ってるように見えた。
「今まで、水に溶かして口から栄養流し込んでたからさ〜…多分、お腹は満たされてないよね〜」
「く、口から…?」
言われてみると、確かに喉に何か違和感がある。自分の知らぬ間に、何かが通り抜けたような、そんな違和感が。
「…ハイーラ、大変だったみたいだけどね〜」
マールは寂しそうな表情で部屋全体を少し見たあと、ペルセに視線を戻した。
ーーーもしや、そこら中に散らばってる容器は…?
そう考えていると、腹の虫がか細く鳴いた。
…確かに、何となく空腹感がある。
「…パン…いただきます…」
そう言って、差し出されたパンを受け取ろうとするも、腕が動かない。重いものをぶら下げられてるかのように、動かせなかった。
「ん〜…仕方ないね〜…」
それを悟ったマールは、ペルセに差し出したパンを自身の手元に引き寄せ、器用に指で小さく千切った。
そして、その欠片を、ペルセの口元に持ってきた。
「はい、これならどう〜?」
「あ、ありが、とう…」
何だか気恥ずかしい。しかし、目の前に差し出されたパンの誘惑には勝てない。
ペルセは、素直に差し出された欠片を口に含んだ。
ーーー美味しい。
なぜか、一際強く、そう感じた。それに気付いたときには、目からとめどなく涙が溢れてきていた。




