不穏な報告
場所は戻り、エスカンの王宮の一室。
招待されたサトゥニアは、豪勢な個室に通された。
落ち着かないので質素なものでよいと事前に伝えたのだが、ヨルゼフは「こちらが被害をかけた側ですから、せめてお詫びとして快適なお部屋を用意するのが当然です」と言って、譲らなかった。
「…全く…」
気遣いそのものはありがたい。だが、そんなことを言われてしまっては、無下に断ることもできない。諦めたようなため息が、思わず出てしまった。
サトゥニアは魔王ゆえ、外交で魔界を離れて違う世界に行くことも少なくない。人間界も、ヴァーレア誘拐の一件が起きた時に、顔を出したことはあった。
だが、あれから数百年。自分が最後に来た時の人間界とは、大分様変わりしていた。「科学」が発展したこの世界、魔界と比べると魔力を動力源としていない家具や機械も、少なくはなかった。
サトゥニアはしばらく部屋を眺めた後に、小さく息を吐く。
これから、連絡を取らなければならない相手がいるからだ。サトゥニアはこめかみに指を当てると、自身の魔力を使い、相手の魔力とつなげる。
頭の中での、魔力通話。その相手は、代理政治を任せてきた魔界の参謀であり、自分の従兄弟で、ペルセの父でもあるクロニオスだった。
少し待つと、すぐにクロニオスは通話に応じてくれた。
「…どうした。うちの娘を傷付けたクソ共と話はついたのか」
「落ち着け。親バカも程々にしろ」
クロニオスは開幕早々、まくし立ててくる。大事な娘の一大事であるため、一刻も早く情報が欲しいのは理解できる。
サトゥニアも冷静に、今日のエスカンでの話し合いの結果を報告した。
エスカン国王からの謝罪、ソロモニアと深い因縁を持つヴァーレアが望んだこと、そしてペルセの希望。
そして、ソロモニアの責任者とドゥローラ国王の不在も含めて、全て話をした。
「…んだよそりゃ。ホントに王かよ、そのドゥローラの国王は…」
クロニオスも参謀として魔界の政治に関わる立場ゆえ、今回の出来事を外交として見た場合の重さは、分かっているはずだ。だからこそ、クロニオスの口から、呆れたようなその言葉が出てきても不思議ではなかった。
「ペルセが人間そのものを恨んでる様子はない。本人も『仲良くしたい』とハッキリ言っていた。…誰の教育が良かったんだろうな」
普通、このような出来事が起きては、人間そのものに恨みを抱いてもおかしくはないはずだ。
だが、ペルセは恨み言を全く言わなかった。
もちろん、留学生としては百点満点の、文句無しの解答だ。やはり、ペルセを留学生として選んだのは、間違いではなかった。
「…あの子はダスノムで育っている。それゆえに、出自や種族なんかどうでもいい、という基本思考があるんだろうよ」
「そうかもな…」
「優しい子だ。お前に似てねぇ」
「一言余計だぞこの野郎」
軽くからかってみれば、クロニオスは声色だけで分かるほどにイラついたようだ。いつも通りのクロニオスで、何だか安心する。
しかし、安心ばかりもしていられない。すでに、ドゥローラ国王を誘き出すための『餌』はぶら下げたのだ。その準備をしなければならない。
「…すでにドゥローラ国王を誘き出すための『餌』は提示した。エスカン国王の話じゃ、十中八九乗ってくるという話だった」
「…悪魔由来の魔力結晶、か。確かに人間界では希少価値が高いかもな」
サトゥニアは魔力結晶の入った箱を開く。中には、濃い紫色で輝く、宝石のような魔力結晶が丁寧に梱包されて入っていた。
元々はペルセが世話になっているホストファミリーのラウラに、世話になった礼として贈るために用意していたものだった。
ーーー皮肉なものだ。ラウラへのプレゼントが、ラウラ本人の因縁と決着をつけるために利用されるというのは。
「…明日、ドゥローラ側に、国としてのあり方を問う。ドゥローラ側からソロモニアへ…ペルセから手を引くように伝える」
「話聞いてる限りだと、簡単には引かなさそうだがな」
「さすがに、魔界との全面戦争を望んではいまい」
いくら連中が悪魔を見下してようとも、わざわざ戦争へと突き進むような真似はしないであろう。サトゥニアとて、同じ統治者として戦争は望んではいない。
クロニオスも同意見のようで、通話の向こう側で頷いているようだった。
「…また明日、報告をする」
「あぁ…」
それだけ言うと、サトゥニアは通話を切った。
ーーーさて、ドゥローラ側はどう出てくるか。
愚かな選択肢はしてこないと信じるしかなかった。




