静かな帰路
その日の放課後。
ペルセがミノト達と下駄箱で別れると、校門にはイアノが待っていた。
昨日の一件があっても、まだソロモニアへの警戒を完全には解けていない。イアノがまだ護衛としている、ということは、その事実も残っている、ということだ。
「…イアノお姉ちゃん」
普段なら、もっと明るく名前を呼んでいたところだろう。だが、今はそんな無邪気に呼ぶような気分でもない。
ペルセの静かな呼びかけに、イアノはゆっくりと振り向いた。その表情も、どこか強張っているように見えた。
「ペルセちゃん。帰りましょうか」
「うん」
イアノはそう言うと、静かにペルセと手を繋いだ。
日が傾き始めている。この二週間で、ペルセはすっかり、この通学路を見慣れてしまった。あれほどの事件があった後だと言うのに、ウソのように穏やかだ。
ーーー静かだ。それゆえ、妙に気まずい。
普段は子供の自分が喋り倒して、イアノがそれを聞く。それぐらいの関係だったはずだ。だが、今は何だか口を開く気になれなかった。
しばらく、二人は無言で歩き続けていた。
だが、その気まずさに耐えきれなくなったのか、イアノがゆっくりと口を開いた。
「…ペルセちゃん。今日の学校はどうでしたか?」
「ん?んー…」
いつも、イアノに聞かれる質問。ラウラは講師でもあるため、この質問をされることはあまりなかった。
今日の学校は、いつも通りといえばいつも通りだった。授業を受けて、給食を食べて、昼休みにミノト中心にバカをやって、ダリスに呆れられる。そんな、平穏な日常だった。
「…今日も、友達と楽しく過ごせたよ」
「そうですか。それは何よりですわ」
だからこそ、ペルセもそれしか言えなかった。イアノも、それ以上深くは言及するつもりがないらしく、その一言で話を終えてしまった。
エストラの学生街ゆえ、色々な店が目に入る。ゲームセンター、スイーツショップ、文房具屋、日用品店などなど、様々な店舗が、今日も運営されている。
普段は気にもならないその様子が、やけに目についた気もする。
「…皆、今日も止まってないね」
思わず、そんな一言が出る。
意識して言った言葉ではない。本当に、知らないうちに口をついて出てきたのだ。
「それが、日常というものですわ。この世界は、私達を中心に回っているわけではありませんの」
だが、イアノはちゃんと反応をしてくれた。その表情を見ると、何だか少し物憂げなものだった。
「日常…」
「えぇ。私にもあなたにも、守りたい日常があるから、昨日の一件があってもなお、回り続けるこの世界の光景が目につくのでしょうね」
イアノは静かにそう教えてくれた。
守りたい日常。魔界にいた時ならば、間違いなくクロニオスやデメナ、ハイーラやマールとの、家族と過ごす時間だった。
だが、人間界で『友達』というものも知った今、その『友達』であるミノトとのバカ騒ぎも、その中に入っていた。
「…ベルセちゃんの留学はあと約一週間。可能ならば、平穏に終わらせたいものですわね」
「そうだね…」
沈みゆく夕日を見ながら、二人はそう語り合っていた。




