最悪の残滓
「はっ…はっ…!!」
街灯の消えてしまった通りを、一人の少女が駆け抜けている。
燃えるような赤い髪が、たなびいている。
「マール…ペルセちゃん…!!」
ハイーラは、鬼気迫る表情で、自分の家に向かって走り続けた。
前方には、高く昇る、白い渦が見えた。
ーーー明らかに、ただ事ではない。
空気が、いやに重い。
あまりの異常事態に、転送陣を敷いて帰ろうとした。しかし、何回やってもなぜか魔力を『外に出せなかった』。
ーーーまるで、魔力そのものを『封じられてる』かのようだった。
走ってる間も、暗い魔界の空が次第に、白い何かに汚染されて明るくなっていくのが見える。それに伴い、アスティアノの魔力が追いやられている流れを、肌で感じた。
中心にある渦が、ますます大きくなってるような気がする。
ーーーこのままでは、アスティアノそのものがーーー
「…急がないと…ッ!!」
ハイーラは一層、全力で走り出した。
悲鳴が飛び交う中、逃げ惑う悪魔達を押しのけ、ハイーラはようやく、自身の家の前に到着した。
ーーーそこで見た光景に、思わず息を呑んだ。
「…何よ…これ…!?」
家の周りを囲う柵が破壊されている。だが、そんな被害は可愛いものだった。
マールが柱に寄りかかっている。明らかに殴打痕があり、吐血もしている。すぐに治療をしなければならないだろう。
しかし、何よりも目についたのはーーー
庭の中央で、白色の何かを纏って、ふらつきながらもその場に立っているペルセだった。
ペルセも、マールと同様か、それ以上の怪我をしているように見える。明らかに、動けるような状態ではない。
そんなペルセは、冷たい視線で、足元を睨むように見下ろしている。
その視線を辿ると、一人の男が倒れている。
「…ッ!?…まさか、コイツは…!?」
ハイーラは、その男に見覚えがあった。
ーーーアンドレイス。
過激な差別・選民思想で、アスティアノの中でも悪い意味で有名な男だ。アンドレイスは、ペルセの足元で、完全に意識を失っている。
こんな男が、一体何をしたのか…。
「う…」
ペルセの苦しそうなうめき声で、ハイーラの思考は現実に戻された。
ペルセの足元が揺らぎ、その場に倒れそうになる。同時に、纏わり付いていた白色の何かが一斉に霧散した。
「ペルセちゃん!!」
ペルセが倒れる前に、ギリギリで体を支えた。
ーーーやはり、軽い。
こんな子供の体から、あの白い力が出たのか。
あの白いのは、一体何だったのか。
あんなものは、初めて見た。
ーーーいや。
今は、それを気にしてる場合ではない。
「とにかく、治療しないと…」
ハイーラは体内で魔力を練り上げ、それを使いペルセを治療しようとした。しかしーーー
「…アレ?」
治癒のための魔力が、ペルセに届かない。いや、届かないというより、まるで拒否されてるかのようだ。
ーーーどういうことだ。
助けを求めるように、周りを眺める。しかし、先程まで場を支配していた、あの白色の力は、まるで元からなかったかのように、完全に存在が消えている。
空も、元々の暗い魔界の空に戻っていた。
「…弾かれてる?…いや…違う…。そもそも…触れられて、無い…!?」
周りを見ても、特に自分の魔力が弾き飛ばされた様子もない。確実に、ペルセの体に届いているはずだ。
にも関わらず、効果が表れない。ペルセ自身が、自分の魔力の侵入を、拒んでるように。
「…考えてても仕方ない。ともかく、まずは…」
「ハイー…ラァ…」
ハイーラは頭を切り替え、ペルセを肩で支えた。それと同時に、テラスの側で倒れているマールの、とぎれとぎれで、苦しそうな声が耳に入った。
「…こっちはこっちで、ひどい怪我ね…」
マールに近付き、怪我の様子を確認する。ペルセほど酷くはなさそうだが、それでもやはり、大きな怪我だ。
先程ペルセに届かなかった治癒魔力を練り上げ、マールにぶつけてみる。応急処置程度なら、これでも十分だ。
「う…」
ーーーマールの傷は、ひとまず本人が動ける程度には修復できたようだ。
なぜ、これがペルセには届かないのか。余計に分からない。
「いててってて〜…あ〜…ありがと〜…」
「話してる場合じゃないわ。まだあんたの傷も完治してないから、中でちゃんと治しなさいよ」
「やってくれないの〜?」
「自分の魔力でやりなさいよ」
ペルセのことで頭がいっぱいだ。今、こんなズボラなヤツに構ってる余裕は、正直言って、ない。
少し投げやりな対応になってしまったが、マールにはこれで大丈夫だろう。
ハイーラはぐったりとしているペルセを抱え、マールと共に、家の中へ入った。




