イアノの制圧
「ぎっ!?」
魂魄を掴まれた男は、困惑したように固まっている。
物理的に手が刺されたわけでもない、精々手が男の腹部に触れている程度。にも関わらず、体の奥にある『何か』を握られているのは、意味が分からないだろう。
実際はイアノの魔力を緻密にコントロールし、存在を感知していた男の奥に宿る魂へと到達し、それに触れているだけだ。
「おっ、おい!?どうした!!」
「中を…中を、掴まれて!?」
男達がワタワタしているうちに、イアノはその魂を掴んだまま、少し距離をとる。すると、男の体の中から、一つの小さく白い塊が引き出されていく。
ーーー随分と、汚い。あまり善行を積んでるとは言えない、悪人のものだ。
「お、おい!!お前、何をした!?」
「何を、って…。ただでさえ時間がないので、手っ取り早い手段を実行したまでですよ?」
イアノは掌にある白い塊を眺めながら、男の質問に平然と答える。目の前にある塊から、抜き取られた男の感情が、より強く聞こえてくる。
困惑、憤怒、敵意。様々な感情が入り乱れているようだ。
ーーー具体的な言葉としては聞き取れないが、十分だ。イアノは、掌の白い塊から、再び男達へと視線を向ける。
「アナタ方は、ソロモニアの組員ですわね?」
「なっ…何をっ…!?」
「嘘はつかないほうが身のためですわよ。その気になれば、ここで殺してしまうのも容易いのですから」
イアノはそう言うと、白い塊を軽く握り締める。すると、抜き取られた男が強く反応した。
「なっ…!?何だ、この感覚!!体ごと、巨大な何かに握られてるような…!!」
「当然ですわ。これは言わば、あなたの『本体』…もう少し分かりやすく言うなら、『魂』ですから」
脅して答えさせるつもりはなかったが、時間も少ない。こちらが場の主導権を握って、聞き出せるだけ聞き出すことにした。
「もう一度聞きますわ。あなた方は、ソロモニアの組員ですわね?」
「…あ、あぁ、そうだ」
組員たちは、歯軋りしながら答える。
屈辱ではあるのだろう。ラウラの話を聞く限り、自分達に正義があると思ってるような連中であるため、予想はついた。
「なぜ、ここに来られたので?」
「…『黒いドレスの女を殺せ』という、上からの命令だ、俺らも詳しくは知らねぇ!!」
ーーーなるほど。
さすがに敵も、最初から要人を捨て駒にしない程度には頭が回る。裏を返せば、この男達は下っ端だ。
あまり、情報を掘る価値もなさそうだ。
「…そうですか」
イアノはつまらなさそうにため息をつくと、握っていた男の魂を、雑に放り投げる。だが、魂は明後日の方向へ向かうことなく、真っすぐ魂を抜かれていた男の方へと戻っていった。
「…帰っていいですわ。もう、用はありません」
イアノはそう言うと、男達の間を抜け、中庭へと戻ろうとした。
だが、男達は怒りに燃えている。何の成果も上げられず、しかもこんな情けない戦果を報告なぞできない、そういったところだろうか。
男は自身の掌に魔力弾を練り上げ、怒りのままに、背を向けているイアノに投げつけてきた。
だが、そんな行動も当然、イアノの予想の範疇だ。振り返りもせず、その魔力弾を受け止めてみせた。
「…なるほど。人間界の魔力は、このように…ふむ…であれば…」
受け止めた掌から、人間の魔力情報が入ってくる。
魔界の魔力とは、明らかに違う。人間界の魔力は、消耗を抑えた効率重視で術式を組んでいる。大量の魔力で押しつぶす魔界のものとは、真逆だ。
ーーーだが、根本的な構造は、さほど変わっていない。解析は、比較的容易だった。
「解析、終わりましたわ」
イアノがそう言うと、受け止められていた魔力弾が、欠片も残さずに霧散してしまった。
男達は目の前で起きたことが受け入れられず、呆然としている。そんな三人に、イアノは手を拭きながら声をかけた。
「アナタ方では、決して私に勝つことはできませんわ。私とて、無益な殺生は好みません。お引き取りくださいませ」
「ぐ…くっ…!!」
まだ何か言いたげな様子だったが、男達が言葉を発する前に、授業の終了を告げる学校のチャイムが鳴った。
ーーーペルセが棟から出てくるかもしれない。自分も駆けつけられるように準備をしなければ。
男達への注意を払いながら、イアノはペルセのいる小学生棟へと向かう。
「…くそっ!!撤退だ!!」
男達はそんなイアノの背中を見ながら、悔しそうにエストラを立ち去るのだった。




