来訪の理由
目の前に広がる光景が、信じられない。
扉の向こうには、ヴァーレアの姉で、魔界屈指の名家であるゴエティフス家の正統後継者でもあるイアノの姿がある。
元々過去の一件で、面識はあった。だが、まさか人間界にまでやって来るとは思っていなかった。
「イアノお姉ちゃーん」
「あらあら」
ペルセはそんなイアノに、無邪気に甘えている。魔界でも気を許せる存在なのだろう。イアノもペルセを振り払うことなく、穏やかな笑みを向けている。
「立ち話もなんですし、入ってもよろしいですか?」
「あっ…は、はい、どうぞ」
「失礼しますわ」
イアノが相手なら、追い返す理由もない。ラウラはイアノを部屋へ招くことにした。
イアノをリビングに案内するまでの間も、ペルセはイアノから離れようとはしない。魔界で家族と過ごしてきた十年の間に、余程良好な関係を築いていたのだろう。
「お、お飲み物などは…」
「お構いなく。どうかお気楽になさってくださいませ」
腰かけたイアノに尋ねるが、イアノは終始穏やかだ。手慣れてるかのようにペルセを膝の上に乗せて、ペルセの相手をしている。
ペルセも特に抵抗しないあたり、日常的にされているのかもしれない。
ーーーだが、気楽にと言われても、無理だ。
同じ悪魔でもヴァーレア相手ならいざ知らず、それほど深い関係を築いていない姉が相手なのだ。礼節を持って接することはできても、気楽にはできない。
「姉様ぁー」
「ん?」
ラウラが台所でお茶を淹れている背後で、窓の反射面に写ったであろうヴァーレアが、イアノに話しかけている。
そういえば、この姉妹のやり取りを生で聞くのは久し振りだ。ラウラは急須から手を離すことなく、耳を傾ける。
「…昨日の段階だと、家から護衛兵を派遣するって話だったよね…?」
「えぇ…私もそのつもりで、デメナ様にご提案させていただいたのですが…」
横目でリビングを見てみると、イアノが頭を抱えている。そんなイアノの頭を、ペルセが不思議そうに見ながら撫でている。
こんな異常事態でなければ、頬を緩ませる微笑ましさだ。だが、そんなのんびりしている場合ではない。
ラウラは会話を中断させないよう、無言でお茶をテーブルへと持ってきた。それに気づいているか否かは分からないが、イアノは頭を抱えたまま、言葉を続けた。
「ペルセちゃんは、私やデメナ様の持つ魂魄観察能力を持つゆえ、悪意への警戒心が非常に強いのですわ。本来ならばご自分で行きたい、と仰ってましたが…」
「えぇ〜…!?ペルセ様って、クロニオス様の魔力に加えて、デメナ様のその能力も引き継いでるの…!?」
ラウラはその一言に、興味を惹かれた。
魂魄観察。人間界では当然、耳にしたことがない能力。それを、ペルセが持っているというのか。
ペルセとの魔力通話の中で、ペルセの勘が良すぎて違和感があった部分があったが、もしかして母由来のその力が要因なのだろうか。
「ゆえに、ペルセちゃんが無警戒で接することができる存在である、私が直接伺うことになりましたわ。デメナ様もかなり無理を言ったようですが、そこは…まぁペルセちゃんの父親が、デメナ様より更に上の立場におられるクロニオス様ですし」
「…ご両親揃って、職権濫用してない…?大丈夫なの…?」
「一応、ちゃんと魔王様の正式な承認を得た上での正式業務ではありますので。ペルセちゃんの緊急事態には変わりありませんから」
イアノは呆れたようにそう呟く。その言葉の意味は、ペルセにも分かってるようで、本人も苦笑いしている。
そこまで話して、ようやくイアノは目の前のお茶の存在に気づいたようだ。
「あら…お構いなく、と申しましたのに」
「そうはいきませんよ。客人なのですから」
ラウラはそう言いながら、イアノの向かい側に腰かける。
さて、いよいよ本題に入るとしよう。ラウラは覚悟を決め、大きく息を吐いた。




