静かな決意
いつものようにエストラ講師の業務をこなし、相変わらず騒がしいミノトをダリスと共にたしなめる。だが、今ではミノトのブレーキ役に、ペルセが加わっていた。
すっかり、週末のお出かけでミノトとの距離が縮まったらしい。それ自体は、非常に喜ばしいことだ。
でも。だからこそ。
留学の中止の可能性を、匂わすわけにはいかない。
できる限り、いつも通りに過ごすよう心がけた。気づいた時には、すでにペルセも眠りについた、夜中であった。
今日は何事もなく過ごせた。帰り道もペルセを何事もなく送迎することができたし、家の中でもペルセは今までどおり平穏に暮らしている。
だが、それでもラウラは気が気でなかった。
少し、気分を落ち着けよう。そう思い、ラウラは冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。
いつものようにプルタブを外そうとした。だが、その行動は、窓の反射面に写る、なじみ深い人影によって止められた。
「…ランちゃん」
ーーーヴァーレアだった。その声色に、いつもの子供のような無邪気さもやさましさもない。
ラウラは声のする方を見る。そこには、心配そうなヴァーレアの姿が写っている。
「やっぱり、ソロモニア…気になるよね」
「気にしないわけがありません。あの連中のことを…」
ラウラはそう言いながら、缶のプルタブを外す。夜中の静かな台所に、軽快な音が響いた。
あの連中とは、ただならぬ因縁がある。自分の人生すらもひっくり返した、嫌過ぎる因縁が。
「まさかとは思うけど、まだボクらを『諦めてない』のかな?」
「それはないでしょう。連中とてバカではありません。それを行えば、再びここと戦争になることは間違いないですし、それが分からないはずはありません」
「そうだよね…」
ラウラはそう言いながら、コーヒーをあおる。緊張状態が続いたからか、あまり味がしない。
「…まぁ、もっとも」
缶を口から離し、ヴァーレアの方を見つめる。ヴァーレアは少しとぼけたような表情をこちらに向けてくる。何を言うのか、まるで予想がつかない、とでも言いたげな様子だ。
「ソロモニアに限らず、あの国の組織の上層部が本心から悪魔の危険性を理解しているかは、別の話ですよ」
ラウラは淡々と呟く。だが、その言葉は、ヴァーレアに想像以上に刺さったらしい。
「…そんな連中が、今度はペルセ様を狙っている…」
「えぇ。可能性の話ですがね。もしそれが本当なら、アナタの時以上に危険な橋を渡ってますね」
ヴァーレアでさえ、魔界の中ではゴエティフス家という、指折りの名家の令嬢だ。その時でさえ、かなりの大ごととなった。
だが、今回連中が目をつけているであろうペルセは、ヴァーレアよりもさらに上、魔界の最高幹部夫妻の娘なのだ。
もしソロモニアがペルセに対し、何らかの計画を実行に移そうものなら、魔界との仲が余計に拗れることは必然だ。
「…ダスノムから出てきて、想像を絶する苦労をされた末に、ようやく魔界で家族を手に入れて…そして人間界でも、ミノトと仲良くなってきてるってのに…」
「ヴァーレア…」
ヴァーレアが、まるで壁に頭を打ち付けるかのように、反射面に頭突きをしている。特に音は響かないが、そうしてないとやっていられないのかもしれない。
特に、ペルセの過去を知っていると、尚更だった。
「…閉じさせないよ。あんな身勝手な連中のせいで、再開した魔界との交流を、もう一度止めさせられるなんてことには…」
「…えぇ」
反射面に頭を当てたまま、ヴァーレアは強い覚悟を持った声を上げた。ラウラも、それに頷いた。
せっかく数百年という開かれ始めた、魔界への門戸。それを再び閉じさせるのは、研究者として、そして一人の人間としても、看過できないことだ。
少なくとも、ペルセに危害は加えさせない。その決意を、二人は胸に宿すのだった。




