不穏な動き
週明け、エストラでの業務が始まる。いつもなら、ラウラは職員室へ早めに出勤し、今日の、ひいては今週の予定を確認するところだ。
だが、今日は違っていた。朝一番に、学長室へと向かっていた。
「学長、失礼します、ラウラです」
「…うむ、入り給え」
ノックに対し、学長は厳かに反応した。ラウラは落ち着いたままで、静かに扉を開いた。
何回も入ったことのある、学長の執務室。その中心部のデスクに、学長が気難しそうな顔をして座っていた。
「学長、何か御用でしょうか」
ラウラは淡々と、そう尋ねる。
それに対し学長は返事をすることなく、自身のデスクの上に資料を広げる。
資料を見ると、まずに目に付くのが、独特な赤い逆五芒星。その中に、荘厳な血に塗れたヤギの頭の絵が描かれている。
ーーーあまりに、趣味が悪い。だが、そのエンブレムには、心当たりがあった。
「…このエンブレムは…」
「あぁ…やはり、君なら知っていると思っていた」
世に蔓延る悪魔崇拝組織の中でも、悪魔を最も私的に、かつ過激に支配しようとする組織、ソロモニア。だが、組織として存在こそしてはいたが、魔界との交流が断絶して数百年間、目立った動きを見せていなかったはずだ。
「…ソロモニア…なぜ、今…」
「恐らくだが、この間留学生の子が起こした、トロールの制圧の件だ」
ーーートロールの制圧。先週、ペルセが勇気を振り絞り、トロールを一撃で無力化してしまった一件だ。
だが、それについては警備隊の対応からしても、特に大きな問題にはならないはずだ。
しかし、学長は淡々と言葉を続けた。
「まだハッキリと目立った動きは見せていないが…わざわざ隣国からこの国に使者を送って、独自に調査をしているようだ」
その言葉に、ラウラの顔が一気に青ざめる。
ソロモニアは、悪魔崇拝をしている組織ではあるが、基本的に私利私欲のままに悪魔を扱おうとする集団だ。そんな者達が、ペルセの起こした事件について、調査をしている。
ーーーその事実の意味するところが、分からないわけはなかった。
「…ラウラ先生」
学長の一言で、ラウラの意識が現実に戻る。ラウラは慌てて、学長の方へと視線を戻した。
学長は軽くため息を吐くと、言葉を紡いだ。
「これは、魔界の方にも共有しておかなければならない案件だ。留学が中止になってしまう可能性もある。…留意しておいてくれ」
「…はい」
学長の判断は、もっともだ。
自分たちの国ではない組織の連中が動いているため、無関係を貫くことも不可能ではない。だが、今回ペルセは異界からの留学者、すなわち人間界という世界に興味を持ったうえで来てくれているのだ。
ーーー自分の組織の外の話だからと言って、無関係と切り捨てることなど、どうしてもできないはずだ。
「念のため、ペルセの護衛を強化しておいたほうがいい。ラウラ先生、当該生徒の送迎をお願いできるか?」
「…承知しました」
「話は以上だ」
学長はそう言うと、難しい顔をしながら資料に視線を落とした。
ラウラは一礼すると、学長室を後にすることにした。
ーーーソロモニア。その名前を、忌々しいその名前を『また』聞くことになろうとは。学長室を後にするラウラの表情は、複雑なものだった。




