警備隊からの報告
翌日の放課後。
授業を終え、ラウラは職員室へと戻ってきた。
昨日の事件に関して、ミノトは特にあまり気にしていないのか、昨日までと同じようにダリスやペルセを振り回していた。ダリスも、特にそこに触れることなく、いつも通り振る舞っていた。
だが、あれほどの事件に巻き込まれたのだ。しばらくは二人を気にかけなければならないであろう。
ラウラは自身のデスクにある椅子へ、深く腰掛けた。今日の仕事も、楽なものではなかった。手元にあるプリント類を整理しながら、小さくため息をついた。
しばらく作業していると、ラウラのデスクにある内線が鳴った。
今日は、特に何か連絡のあるようなことはなかったはずだ。
あるとするならーーー昨日のことだろうか。ラウラは特に迷うことなく、電話を手に取った。
「…はい。魔術学校エストラのラウラです」
ラウラは電話口で淡々と名乗った。電話の向こう側では、周りでも電話が鳴っているのか、やけにざわついている。
「こちら、エストラ学生街警備隊でございます。昨日の件でご報告があるのですが…ラウラ先生、今お時間大丈夫ですか?」
「…えぇ、大丈夫ですよ」
予想通りだった。
トロールは本来、野に放ってよい魔獣ではない。そんな魔獣が、あろうことで町中で暴れていたのだ。
当然、何か事件性があったと見るのが普通であろう。ラウラは無言で、電話の向こう側からの言葉を待った。
「例のトロールですが、研究所からの脱走個体のようです」
「脱走…」
警備隊の話したことは、あり得ない話ではない。大方、トロールを拘束していたが破壊されただとか、制御を誤ったとかそのあたりであろう。
実際、トロールは知能が低いため、簡単な命令に従わせることはそう難しくない。だが、その知能の低さゆえ、数分もすれば命令の中身を忘れて暴れ出すことも珍しい話ではない。過去にもそれが要因で、町に被害をもたらした事例がいくつかあったと言われている。
「…それで、研究所側は特に何も行動を起こしていなかったので?」
「いえ。例のトロール暴走の通報の数分後に、護送中の研究個体が脱走したという通報が入ってることが確認されました。その現場にも警備隊は派遣していますが、皆大怪我をしていた、と」
「やはり…そうでしょうね」
ラウラは納得したように頷いた。しかし同時に、ため息も出た。
トロールの収容は、厳格に拘束しなければならない。だが、その拘束があったとしても、油断ならない相手だ。もし拘束が破壊された場合、知能の低さを突いて、町から外れた場所へと誘導し、そこで麻酔弾などを撃ち込んで深く眠らせるのがセオリーだ。
拘束自体はきちんとしていたのかもしれないが、それを破壊された後の備えが足りていなかったのだろう。そこは、間違いなく研究所側の落ち度である。
「研究所職員は、命に別状はありません。ですが、怪我が酷く、しばらく入院になります」
「そうですか…」
上層部がどう判断してたか分からないが、現場の職員達には同情せざるを得ない。
トロールの収容手順など、魔獣の専門家ではないラウラですら知るほどの一般常識なのだ。それをさせてもらえなかったのだから、気の毒である。
「トロールについては、警備隊の方で捕縛した後、殺処分としました。元々、研究所の方でもそのつもりで護送していたようです」
「…まぁ、トロールの研究価値は、昨今あまり高いものではありませんしね」
トロールの研究をする学者は、最近ではめっきり減った。昔はその桁違いのパワーやタフネスから、トロールを利用しようとする者も多かったが、あまりの知能の低さと使い勝手の悪さに、最後には手放されてしまった。
直近で被害を出してるトロールの大半は、野生ではなく放棄されたトロールだ、という噂さえあるほどだ。
「…あまり、気分の良いものではありませんね」
「えぇ…。ですが、町に被害を及ぼす個体については、駆除せざるを得ません」
「そうですよね…」
トロールに限らず、研究個体の廃棄については、未だに時々聞く社会問題でもある。だが、それを嘆いていても仕方がない。
「ご報告、感謝します」
「また状況が変わりましたら、報告しますね」
「えぇ…ありがとうございます」
「それでは、また」
それだけ言うと、内線は途切れてしまった。
受話器からは、無機質な音が聞こえてくるだけだ。
平穏な暮らしのために、警備隊の仕事も必要だとは理解している。だが、可能であればあまり関わりたい相手ではない。
そんなことを思いながら、ラウラは受話器を元に戻し、事務作業へと戻るのだった。




