異常な制圧
一体、何が起きたのか。
魔界から来たという留学生を送り届けていたかと思えば、町中に魔獣トロールが現れた。
それだけでも一大事なのだが、留学生がその魔獣と対峙し始めた。しかも、怯えも見せることなく、襲いかかってきたトロールの顔に、直接魔力を当ててみせた。
「グオォォォォッ…!!」
顔面に直接魔力を受けて大きく仰け反ったトロールは、顔や口から煙を噴き上げながら、仰向けにゆっくりと倒れた。
倒れる時の衝撃が、地面を通じてこちらにも伝わってくる。その振動が、ますますミノトを怖がらせてるようで、肩の震えが大きくなっている。
「ペ…ペルセ…!?」
ダリスの口は、それだけの言葉しか紡げなかった。
倒れたトロールは、死んではいないようだ。だが、完全に意識が飛んでいる。
こんなことが起こり得るのか。
暴れ出したトロールの制圧など、人間だけであれば、大人の精鋭魔術師を数人集めて、ようやくできるかできないかという大規模任務だ。トロールという魔獣は、それほどのタフネスも兼ね備えているはずだ。
だが、ペルセはそんな魔獣を、あろうことか一発で無力化してみせたのだ。
何をしたのか。どれほどの力を持っているのか。一体、何者なのか。
聞きたいことが山のように出てきた。
だが、それを聞く暇は、訪れなかった。
「退いて退いて!!」
通行人の誰かが通報したのだろうか。町の警備隊と魔術師部隊がゾロゾロとやってきた。
完全な戦闘態勢だ。暴れてる魔獣の性質を考えると、当然のことだ。だが、彼らは目の前に広がる光景を見て、絶句してしまった。
「え…?」
「トロールが暴れてるという話では…?」
「すでに、倒れてる…のか…?」
警備隊の者達が、それぞれ戸惑った様子を見せている。しかしそんな周りの様子を気にすることもなく、ペルセは踵を返し、ダリス達の元へと戻ってくる。
だが、警備隊の者達が、それを見逃すはずがなかった。
「ちょ、ちょっとそこの君!!」
「…んぇ?」
警備隊の一人が、ペルセへ声をかける。ペルセは間の抜けた声を出して、警備隊の方を見た。
先ほどまでの冷静さはどこへ行ったのか。その様子は、再び子供のものへと戻っていた。
「通報したのは君かい!?トロールがいると!!」
「…通報…?」
ペルセは不思議そうに首を傾げている。それも無理はない。生まれた時から人間界にいるダリスでさえ、通報という制度があることを知ってはいても、使ったことはない。ましてやペルセは、まだ人間界に来て二日目の悪魔だ。
「…あの、お巡りさん」
恐る恐る、ダリスが声をかける。その声に反応し、一気に視線がダリスへと向く。
ミノトは腕の中で泣き疲れてしまったらしく、ダリスの腕に抱えられて寝ており、先ほどの光景は見ていないであろう。
「…通報したのは、君かい?」
「いや…通報したのは、俺じゃ、ないんですけど…ここには、いました」
寝ているミノトの背中に手を添えながら、ダリスは警備隊の質問に答える。
これから言うことを信じてもらえるのだろうか。自分でも、何が起きたかをハッキリとは咀嚼できていない。
ーーーだが、ありのままを伝えるしかないだろう。ダリスは警備隊の者達に話をすることにした。




