魔王の資質とは
魔王の資質。ヴァーレアは今、確かにそう言った。
ラウラはゆっくりと、エルフィーと顔を見合わせる。悪魔のことについて、人間界では誰よりも知ってると自負してるラウラでさえ、その言葉を処理しきれない。
職員室で、他の講師が作業している。紙とペンが擦れる音や、講師達が部屋を駆け抜ける足音だけが、いやに耳に残る。
「…どういう、こっちゃ…?」
無限にも思える静寂を破り、エルフィーが何とか言葉を絞り出した。ヴァーレアは少し気まずそうにしながらも、ゆっくり口を開いた。
「…ボクも、魔王の資質については、全部知ってるわけじゃない。けど…アレは、間違いない…」
ヴァーレアが何か言っている。いつもなら「さっさと言いなさい」とでも言って、話を急かすところだ。
だが、今のラウラに、そんな余裕はない。口から出てくるのは、ただの吐息だけだった。
「…魔王の資質は…魔界の頂点に立ち得る悪魔が持つとされる…まさに『他者を屈服させる素質』…ってとこだよ」
「他者を、屈服…」
ヴァーレアの言葉を反芻することしかできない。だが、それでもラウラには、理解が及ばない。
頂点に立つ素質。その素質が、他者を屈服させることにあるというのか。
そんな話、聞いたことがなかった。
「それは…一体…?」
そんな、間の抜けた声しか出すことができない。隣にいるエルフィーに至っては、息すら止まってるのかと思うほどにフリーズしている。
だが、ヴァーレアの言葉は、厳かに紡がれていた。
「魔力に顕現すれば、同格未満の魔力は勝手に頭を垂れ、自ら退かされて、魔力を『制圧』される。肉体に顕現すれば、他者を寄せ付けない圧倒的なフィジカルを持って、物理的に『制圧』される」
「ちょ、ちょっと待ってください!魔力と肉体…!?」
情報量が多すぎる。ペルセの出自よりも、遥かに驚愕の情報だ。
魔力と肉体、それぞれに魔王の資質が顕現する場合があるとでも言うのか。
そんなラウラの疑問に応じるように、ヴァーレアは口を開いた。
「肉体へ顕現したケースは、ボクも話として聞いたことがあるだけで、実際どの程度なのかは分からない。でも、魔力はね…」
ヴァーレアはそう言いながら、少し怯えたように小さく震えている。
ラウラ達は固唾を飲んで、ヴァーレアの言葉を待った。一瞬の静寂を挟んだ後、ヴァーレアは再度口を開いた。
「ボクも一度だけ、直接感じたことがある。ペルセ様本人のではないけど、ペルセ様のお父さんである、クロニオス様の魔力を…!!」
ヴァーレアは自身の着ているレオタードを、強く掴んでいる。その顔は、普段の砕けた笑顔ではなく、難解な研究に取り組んでるときにしか見せない、真面目な表情だ。
「…あの方の魔力にさらされると、ボクの魔力なんて簡単に引っ込んで…いいや、少し違うな…」
ヴァーレアは何かを言いかけたが、すぐに言葉を止めた。だが、その情報も驚きだ。
ヴァーレアは、魔界の中でもトップの名家ゴエティフス家の次女だ。いくらクロニオスがNo.2であったとしても、そんな上澄みの悪魔の魔力を退かせて制圧など、できるものなのか。
だが、ヴァーレアはさらに言葉を紡いだ。
「あの方の魔力が展開されてる空間内では、ボクの魔力という『格の低い異物』は『制圧』されて、『存在することを許してもらえなかった』んだ」
ーーーその一言が、とてつもなく重かった。




