現実への帰還
ラウラは瞼を開けた。
その視界には、精神世界でなく、現実世界が広がっている。
見慣れたリビング。先程飲んでいた、開封済の缶コーヒー。ちゃんと、戻ってこれたようだ。
再び、缶コーヒーを口に含む。コーヒーの苦さが美味しい。
「…ふぅ…」
ヴァーレアから聞いたペルセの過去は、想定以上に重い話だった。大人としても、教育者としても、言語道断な振る舞いをする者がいたものだ。
仮に人間界、エストラの保護者でそんなことをしている輩がいたら、とりあえず説教しながら、本人に尻拭いをさせるところだろう。
そんな事を考えてると、缶の中身がなくなった。ラウラは立ち上がり、缶をゴミ箱に捨てる。ゴミ箱の中で、他の缶にぶつかりながら、捨てた缶が奥へと落ちていく。
静かな空間に、金属同士のぶつかる音が大きく響く。なぜそうしようとしたかは分からないが、ラウラはその光景をじっと眺めていた。
すると、微かな音が、ラウラの耳に聞こえてくる。布が擦れているかのような音だ。
「…ん?」
音は、ペルセのいる部屋から聞こえてきている。部屋で何をしているのだろうか。
ラウラは無性に気になり、ペルセの部屋へと向かう。部屋の前に立って聞き耳を立ててみると、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「…やはり、無理をさせてしまいましたかね」
腕時計を見ると、まだ夕方だ。だが、それにも関わらず、ペルセは部屋の中で寝ているようだ。
ドアを開けて確認しようかとも思ったが、止めた。子供が寝ているのだ、用もなく部屋に入る理由はない。
やはり、過去がどうあっても、今目の前にいるのはペルセという、ただの一人の子供であることは間違いない。悪魔という種族への配慮こそ必要かもしれないが、それ以外は何ら変わらない。
ーーーきっと、ヴァーレアが見たらまた大騒ぎするような、可愛い寝顔で寝ているのだろう。変に騒いで起こすのは、しのびなさすぎる。
「…ランちゃん」
ヴァーレアが頭の中で語りかけてくる。その声は、穏やかなものだった。
ヴァーレアもラウラの五感を通じて、ペルセの寝息に聞き耳を立てていたのだろう。「行かないよね?」とでも言いたそうな声色だった。
「シャワー等は、最悪明日早起きして対応するしかありませんね」
ラウラはそう呟きながら、踵を返す。
明日は留学の初日。職員室でペルセを紹介し、ペルセが通う教室へ案内しなければならない。ゆえに、早起きは確定事項ではあった。
「…お疲れ様でした。ゆっくりお休みください、ペルセさん」
ラウラは消え入りそうな声で、扉に向けてそれだけ言い残すと、リビングへと戻った。




