ペルセがダスノムに堕ちた理由(ワケ)
「…やっぱり、そこだよねぇ…」
ヴァーレアは気まずそうにしながら、自身の頭を掻いている。どうやら、そこが最も話したくないところのようだ。
ダスノムという場所の実態は何となく分かった。魔界にも、人間界で言うスラムのような場所があるということには、確かに驚いた。
だが、それだけでは、あの時のヴァーレアの狼狽っぷりに納得はできない。普段から感情のままに振る舞うヴァーレアが、言葉を発せなくなるほどに驚き、ショックを受けていたのだ。
「…これは、後から判明した事実と、周りからの伝聞もふんだんに混ざってるんだけどさ…」
ヴァーレアは口をモゴモゴさせている。
普段なら「早く言いなさい」と叱り飛ばすところだが、なぜだが今回はそれがやりにくい。
ラウラは顔をしかめたまま、ヴァーレアを見つめるだけだった。
「まだ生まれたばかりの、乳飲み子だったペルセ様を、デメナ様…ペルセ様のお母さんの、当時の部下が、ペルセ様をダスノムに遺棄したんだ」
「…はい?」
今、何と言った。
スラムであるダスノムに、乳飲み子を捨てた、と言ったのか。
しかも、捨てた犯人は、母親の部下だと。
人としても、教育者としても、それが本当なら聞き捨てならない事実だ。人間界でも、大問題になる。
「…デメナさんは…お母さんは、何もしなかったので?」
「もちろん、魔界の方でも大騒ぎになって、大規模な捜索がなされたよ。でも、ダスノムまでは捜査の手が及ばなかった」
「なぜです?」
「乳飲み子だからね。そんな遠くに行けるわけがない、と思ったんじゃないかな?」
なるほど。
確かに、行方知れずの子供を探すなら、近場を徹底的に探すというのは合理的だし、現実的だ。
それで手を尽くしているのなら、親の判断を責めることはできない。
「ではなぜ、ダスノムにいると分かったのに、助けに行かなかったんで?」
「…ランちゃん。悪魔といえども、乳飲み子が一人で放置されて、長く生きることはできないんだよ」
「どういう、ことです?」
ラウラが聞いても、ヴァーレアは口ごもるだけだった。ここまででもかなり酷い話だったが、まだ上があるとでも言うのか。
ラウラは無言で、ヴァーレアを見つめる。ヴァーレアは唸りながらも、頭を掻きむしり、躊躇いがちに口を開いた。
「…話す、って言っちゃったもんなぁ…」
「ここまできて、約束を反故にすることは許可しませんよ」
「分かってる。…分かってるけどさぁ…」
ヴァーレアの声が、段々悲痛なものへと変わっていく。かなり、辛い話になるのだろう。
だがそれでも、聞かないという選択を取る気はなかった。
しばらく無言で見つめていると、ヴァーレアがようやく口を開いた。
「…その犯人はさ…二週間、敢えて報告せずに待ってたんだって。確実にペルセ様が見つからずに息絶えるように」
「は?」
「確実に消したかったんだと思うよ、犯人は。ペルセ様を能無し扱いしてたんだって。能無しは、全てを不幸にすると本気で考えてたらしいから」
絶句。
あの時のヴァーレアと同じで、ラウラも口を半開きにして、絶句してしまった。
そんなラウラを見て、ヴァーレアも物悲しそうな表情を浮かべている。
二週間もたってしまうと、大人でも絶望的だ。ましてや対象が乳飲み子で、しかも環境もスラムであれば悪いであろう。
「…人間でも、行方不明になって二週間も経ってしまうと、捜索を続けるというより、遺体を探すことになりますからね…」
「だよねぇ…。ダスノムはゴミの最終処分場だというのもあって、死体すらも残ってないであろう、って理由で、捜索は打ち切られちゃったんだよ」
ヴァーレアは再び言いにくそうに、追加の情報を持ってきた。理由には納得できるが、何とも居た堪れない。
今、結果として生きているから良かったものの、当時の両親は気が気でなかっただろう。
そんなことを考えてると、ヴァーレアは無理やり作ったような笑顔を向けてきた。
「…ね?だから言ったんだよ。ランちゃんにとってはキツい、って」
「確かに…これは、キツい話ですね」
陰惨過ぎる。乳飲み子を遺棄した、というだけであれば、後味は悪いがまだ事件として起き得る話だ。
だが、その理由と中身がひど過ぎる。
しかしながら、聞かなければよかった、という気持ちは全く湧いてこなかった。
「…話しにくかったでしょうに、ありがとうございます」
「こんな重い話をすることになるなんて、思わなかったよ…」
むしろ、ヴァーレアには感謝すらあった。話しにくいことを話させたのは、自分の方なのだから。
ヴァーレアも気まずそうに、ラウラから視線をそらしていた。
ーーーふと、別の疑問も湧いてきた。ラウラは、ゆっくりと口を開いた。




