ラウラの理詰め
「…さて…」
リビングに戻ってきたラウラは、冷蔵庫から缶コーヒーを持ってきた。
缶を開けると、中の空気が吹き出す軽快な音がする。それと同時に、コーヒーの良い香りが鼻に入ってきた。
ラウラはコーヒーを一口飲み、そっと瞼を閉じた。
意識を、自身の精神世界へと持っていく。
ここは、自分だけの世界。自分のみがアクセスできる、夢の中に近い場所。通常なら、自分しかいない。
しかし、ラウラの場合は違う。そこに、慣れ親しんだ、赤紫の髪で、黒いレオタードを着た悪魔ーーーヴァーレアの姿があった。
「…説明、してくださいますよね?ヴァーレア」
ラウラは淡々と問いかけた。
その問いに、ヴァーレアがドキッとしたように肩を跳ねさせ、ゆっくりと振り向いてきた。その表情は、明らかに引きつっていた。
「…やっぱり、説明しなきゃダメかな?」
「当たり前です。後で説明する、と言ったのはそっちですよ」
ラウラの言葉に、ヴァーレアは困ったように眉を下げている。だが、そう言ったのは他でもない、ヴァーレア自身なのだ。ちゃんと、約束を果たしてもらうのみだ。
「あなたのあの反応は、明らかにただ事ではありません。ダスノム、という地名にかなり引っかかってたようですが…。ペルセさんの過去に、何か関係が?」
「…分かったよぅ…話すよぅ。話すけどさ…」
ヴァーレアはそう言うと、顔を伏せる。
言いにくいことなのかもしれないが、そんなことは予想の範囲内だ。だからこそ、わざわざ精神世界で話をしているのだから。
「…かなり、胸糞悪いよ。特に、教育者であるランちゃんには、キツい話になる」
「いいから話しなさい。あの子に関わることで、私達の間に認識の齟齬があるのはよろしくありません」
口ごもるヴァーレアを、ラウラは一蹴した。さすがにそこまで言われて、ヴァーレアも観念したようだ。
「まず、魔界の地理というか、階層構造なんだけど…アスティアノってのが、魔界の都心部みたいなところ。かつてボクも住んでたところだよ」
「えぇ、それは知っています。ですが、ダスノムとは?」
「ダスノムは…言葉にするのも嫌なんだけど、底辺層の集まりだと見なされてるんだ」
その言葉に、無意識に自身の表情が険しくなったのを感じる。
ペルセは、そんなところで育ったというのか。以前聞いた話では、魔界の幹部の娘、という話だったのに。
「…底辺層の集まり、ですか」
「うん。元々はゴミの最終処分場だったんだけど、そこに落ちぶれた悪魔が住み着いてたらしくてね…。人間界風に言えば、スラム化した、ってところかな?」
スラム化。
そう言われて、ダスノムの立ち位置は何となく理解できた。
確かに、人間界にも、似たような場所はある。それは否定できない事実だ。
「いつからかは分からないけど…そんな経緯があったから、ダスノムにいる=ゴミ、って価値観が、魔界内に広まってしまってる、って話を聞いたことはある」
「…確かに、人間にも出自や人種で見下す輩はいますが、それと似たような感じですか」
「そうそう。まさに、そんな感じ」
ラウラの眉間に、ますますシワが寄っていく。
出自による差別など、自分の哲学にも、エストラの価値観にも反する話だ。もしエストラ内でそんなことを言う学生がいたら、即刻呼び出してお説教するところだ。
だが、聞けば聞くほど、分からない。
「…ならば、ペルセさんはどうして…そんなダスノムにいたのでしょうか?」
この一点が、どうしても結びつかなかった。




