話し合いの終焉
「…ラウラさん?」
心配になり、ペルセは声をかける。アモディエナも、声には出していないが、不思議そうにラウラを見つめている。
だが、隣に座る学長は、何かを察したような表情を浮かべる。
ラウラの奥底にあるものをよくよく観察してみると、何だか違和感がある。一つの肉体に、二人の人物がいる。デメナから教わった魂のようなものを見る慧眼が、それを伝えてきた。
しばらくして、ラウラが顔を上げた。
しかし、先程のような、眠そうな表情ではない。瞳の色も、少し赤く変わっていた。
ーーーこれは、別人だ。
直感的に、そしてラウラの奥にあるものからも、それを感じ取れた。
「…おし、切り替われた。はじめまして、アモディエナ様、ペルセ様!」
ラウラの肉体を通じて現れた者は、勢いよく頭を下げた。
様、といったか。アモディエナはともかく、自分にも様をつけるなんて。一体、自分を何だと認識しているのだろうか。
ペルセの違和感をよそに、相手は話を続けた。
「ボクは、ヴァーレア。今は契約の都合上、ランちゃん…ラウラの体を借りているけど、れっきとした悪魔です!」
ヴァーレアはこちらを真っ直ぐに見つめてくる。先程までの淡々としたラウラとは真逆の、元気の良い話し方だ。
そういえば、いつだったか、デメナが人間と契約を結んでいる悪魔がいる、と言っていた気がする。もしかして、今目の前にいるのがそうなのか。
「契約…もしかして、ラウラさんに何か代償を…?」
「いやいや違いますよ!?ボクらの契約は、形式的なものです!何も取っていませんし、取る気もありません!!」
訝しむアモディエナに対して、ヴァーレアは慌てて否定している。
思い出した。契約は、悪魔が人間から代償を受け取り、自分の魔力を増やすための手段の一つである、とクロニオスが言っていた。だとするなら、このヴァーレアという悪魔は、ラウラにタダで力を貸してることになる。
しかし、ヴァーレアから感じ取れる魔力の質は、ペルセの知る者に近いものだった。
「…イアノお姉ちゃん…?」
思わず、ペルセの口から言葉が漏れる。そのペルセの言葉を、ヴァーレアは聞き逃さなかったようで、勢いよくこちらを向いた。
「もしかして、姉様と知り合い!?」
ヴァーレアは鼻息を荒くしながら、こちらに身を乗り出してきた。
姉様。
確かに、姉様と言った。
ということは、ヴァーレアはイアノの妹、ということなのか。思えば、イアノは時々自身の妹の話をしてくれることがあった。
ーーーちょっと、じっくり話をしてみたくなった。
しかし、その思いは、隣から聞こえてくるアモディエナ達の咳払いで中断させられた。
ペルセとヴァーレアは、大人しく引き下がり、席に戻った。
「…ウチの者が失礼しました。本題に戻りましょう」
「お気になさらず。発端は私ですから」
学長とアモディエナが、互いに頭を軽く下げた。
そして、二人はしばし話を続けていた。隣に座るヴァーレアは暇そうにしているし、ペルセは自身の学生証をじっと眺めていた。
だが、視線を感じる。ヴァーレアはチラチラとこちらを見てきている。よほど、気になっているようだ。
「…ヴァーレア。ラウラ先生に戻ってください」
「うえぇ!?…はーい…」
しばらくして、アモディエナとの話を終えた学長が、ヴァーレアへ声をかける。ヴァーレアは嫌そうではあったが、渋々瞼を閉じた。
しばらくすると、髪がまた元の銀髪へと戻っていく。それと同時に、ヴァーレアの魔力も鳴りを潜めていった。
ーーーイアノが側にいてくれるようで、安心できていたのに。ペルセは少し、寂しくなっていた。
その間に、アモディエナは席を立った。
「それでは、私はこれにて」
「えぇ。ペルセさんのことは、私共にお任せください」
アモディエナは頭を下げ、部屋を出ていこうとする。
行ってしまうのか。自分を置いて。
頭では分かっている。留学だから、自分だけが残されることも。
それでも。
「…アモディエナさん」
声を出さずには、いられなかった。アモディエナはその言葉に、歩みを止めて振り向いた。その表情は、いつもと変わらない、穏やかなものだった。
「ペルセ。あとは、お前が全力で楽しむ番だ。留学が終わるときに、また迎えに来る。それまでの辛抱だ」
「…うん。またね」
寂しい。その感情自体は、嘘ではない。
しかし、ここで引き留めてしまえば、迷惑になる。そのくらいは、ペルセにも分かっていた。
だから、ペルセは無理矢理笑顔を作ってみせた。
「…それでは、お任せしますよ。失礼します」
アモディエナは再度、学長に頭を下げ、学長室から出ていった。
ドアの閉まる音が、やけに大きく聞こえた気がする。




