ゴエティフス家次女・ヴァーレアの視点
数分後。
ヴァーレアからの説明を聞いたラウラは、眉間にしわを寄せていた。
「…たかが個人の家での家事代行に過ぎない話だったのに、随分と大きくなりましたね」
「ねー。ボクもビックリだよ」
説明を終えたヴァーレアは、イマイチ実感がないのか、どこか他人事のようにも思える態度だ。
元々、この家の家事代行、特に清掃については、ヴァーレアが勝手に言っていたことに過ぎない。本人が満足するならと、好き勝手に泳がせていた。
それがまさか、こんな形で返ってくるなど、予想外のことだった。
普通なら、ここまで大事にしたヴァーレアを叱るところだろうか。だが、ヴァーレアの話だと、相談相手である自身の姉が、話を魔界の中枢にまで持っていったらしい。
「…とてつもなく文句を言いたいですが、あなたに言っても仕方ありませんね」
「さすがランちゃん。いくら何でも、そこまで器が小さくはないよね!」
「私を何だと思ってます?」
文句を言ったところで、解決に進むことはない。しかしながら、思わず呆れたようなため息が出てしまった。
「…それはそうと…留学のホストファミリー、など、考えた事もありませんでしたね」
「制度としてはあるでしょ?」
「あります。ただ、ここ数十年では、人外の留学生はいましたが、悪魔はいませんでした」
視線を落とし、記憶にある限りの情報を探ってみる。
エストラは人間界でもトップレベルの魔術師育成、および魔導研究を行う施設だ。当然、魔力の取り扱いを学ぶべく、人間に限らず様々な種族が来ることはある。
ラウラの知る限りでは、少数派ながらも人間以外の種族が、留学という形で来ることはあった。
しかし、魔界に住まう悪魔については、数百年前を最後に、前例がない。
「…ですが、悪魔の留学を受け入れなくなった要因は…」
「昔の話じゃん?種族差別はんたーい」
魔界との交流が絶たれてしまった要因は、ラウラもハッキリと知っている。しかし、ヴァーレアはそこに触れることを良しとしなかった。
「それにさ、別に悪魔がエストラに来るのも、悪い話じゃないんじゃない?」
「え?」
茶化してきたヴァーレアの声色が、少し引き締まった。ラウラは再び、ヴァーレアの方へ視線を向ける。
「断絶してしまった要因が人間界側にあるにしてもそうでないにしてもさ、魔界側と交流することができれば、他の人外とは違う魔力運用が見れるよ?それを見れるのは、研究者としては本望じゃない?」
「それは…確かに。ですが、あなたの魔力運用が…」
「ボクの魔力運用は、あくまでボクのやり方。今の魔界のトレンドまでは、さすがに把握してないよ」
ヴァーレアの理屈に、ラウラは押し黙った。
ーーー何一つ、否定材料がない。
エストラの講師として、生徒と様々な種族と関われる機会ができるのは喜ばしいことだし、研究者としても、ヴァーレア以外の悪魔の魔力を観察できることは、興味深いことだ。
「それに、ランちゃんが留学生のホストファミリーやってくれるんなら、姉様がこのゴミ屋敷を綺麗にしてくれるしね!」
ーーーせっかく感心していたのに、台無しだ。
この悪魔には、本当にそういうところで空気を読めないところがあることが、玉にキズだ。
だが、ラウラ自身が魔界から来た留学生のホストファミリーになること自体は、合理的とも言える。何せ、眷族契約を結んでることもあり、エストラの中で見ても、誰よりも悪魔のことを詳しく知っている側なのだ。
もしや、ヴァーレアの姉は、そこまで計算したうえで留学などという話を出したのか。だとするなら、相当な切れ者だ。
「…明日、学長にかけあってみますね」
「頼んだよ。少なくとも向こう側は、幹部会議かけるくらいには本気みたいだから。必要なら呼んで、ボクからも説明するから」
ヴァーレアはそう言うと、鏡の中から姿を消した。
机の上の卓上鏡は、通常通りラウラの顔を写し始めた。自身の顔を鏡で眺めながら、ラウラは深く、ため息をついた。




