ラウラとヴァーレア
一方、魔界とは異なる世界、人間界。
とある街の一角にある、一つの住居。窓からその家を覗くと、ゴミしか見えない。辛うじて家の外には溢れていないが、ゴミが家の外に出てき始めるのも、時間の問題に見える。
その家の中も、足の踏み場もないほどにゴミで溢れている。そのゴミのせいで窓も塞がれており、昼間にも関わらず、屋内は薄暗い。
ゴミの中身を見てみると、飲みかけのペットボトル、中身の入ってない食品トレー、使い古されたであろうグチャグチャの紙など。それらが全て、無造作に床へ捨てられている。
そんな家の中に、積み上げられた何冊もの本で囲まれてるスペースがあった。そこには、一つの大きな学習机があり、机の上にも様々な書類と、実験器具が散乱している。
その机の側に、一人の赤い修道士風の服を着た、銀髪を肩まで伸ばした若い女性が座っており、論文を真剣な表情で読んでいた。
「…なるほど。この著者の論文の理屈は、面白いですね。ただし、若干論理の飛躍があるのが気になりますが…」
女性ーーーラウラは、静かに呟きながら、手元にある赤ペンを、論文の書かれた用紙へと走らせる。
自分がどこに興味があり、どこに引っかかっているか。それを、流れるような動作でメモしていく。
そうこうしているうちに、近くで明かりを灯していたランプの魔力が切れかかり、暗くなり始めてることに気付いた。ラウラは面倒そうに、ため息をついた。
「…やれやれ」
ラウラは不満そうに、ランプに手をかざした。すると、魔力を補充されたランプは、再び明るく火を灯し始めた。これなら、論文を続けて読むことに支障はない。再び、論文の方へと視線を落とした。
「ラーンちゃーん!!」
すると、頭の中にキンキンするような甲高い声が響き渡る。
ーーー相変わらず、うるさい。不愉快ではないが、無視はできない。
ラウラは顔を上げることなく、その眠そうな目を机の上に置いている卓上鏡に向けた。
通常であれば、自身の顔を写すだけのその鏡に、ラウラの顔は写っていない。そこには、薄い赤紫の髪を背中まで伸ばし、立派な牛のような角を携えた、レオタード姿の悪魔の姿が写り込んでいる。
「…何か用ですか、ヴァーレア」
ラウラはため息をつきながらも、即座に論文に視線を戻した。鏡の中のヴァーレアがショックを受けてるかもしれないが、どうでもよい。
「ひっどい!!姉様とのお話が終わったから、その報告に来たってのに!!」
「…家事代行の件ですか。研究には支障がないので入れるつもりはないと言ったはずですが」
「行政からも言われてるんだよ!?改善しないと、ここにいられなくなっちゃうんだよ!?」
「エストラの研究室に籠るだけです」
「あそこ家じゃないからね!?」
ヴァーレアが姉と何かやり取りをしていたらしい。精神世界での出来事なので、ヴァーレア側が何を言っていたかは筒抜けだ。そのため、ラウラはさして興味がなく、視線を戻さないまま、ヴァーレアの相手をしていた。
すると、ヴァーレアは自身をクールダウンさせるためか、ふぅと大きく息を吐いた。
「まぁ、とりあえず報告させてもらうよ。とりあえずこっち向いてくんない?結構情報量が多くて、ボクも半ば混乱してるんだ」
「…アナタが、混乱?」
あのヴァーレアが混乱するほどとは。
口調や性格は軽いが、非常に高い教養を持ち、ラウラの研究にも平気でついてこれるどころか、助力までできるヴァーレアほどの相手が、情報を処理しきれずに混乱しているというのか。
その事実に、ラウラは顔を上げて論文から視線を外し、卓上鏡に写るヴァーレアの方へと目を向けた。




