スケールアップ
「これは、判断が難しい案件ですね」
デメナは静かに、そう呟いた。
イアノからしてみたら、可能なら自分で行って、妹のSOSに応えてやりたいだろう。
だが、イアノも言った通り、これは異世界に絡む話だ。そんなところに派遣するとなると、様々な問題が生じることになる。
しかし、デメナには一つの心当たりはあった。
「…何百年と昔の話ですが、前例はあります」
その言葉に、イアノは驚いて顔を上げた。
デメナは自身の魔力の塊を練り上げ、それを机の上に転がした。その塊が、さまざまな情報の書かれたスライドを空間に表示する。
「これは…」
「人間界の魔術学校・エストラ。まだ眷族契約等を通じて人間界と魔界の交流があった昔、そこへの留学をしていた前例は、いくつか確認できます」
空間に表示されている資料には、校舎の図版や、エストラという学校の昔の情報が掲載されている。
数百年も昔の資料を引っ張り出しているので、今とは全く違うかもしれない。
「とはいえ…これは、留学で魔界から人間界に悪魔を送れた、という話です。今回のケースとは、かなり毛色が違うか、と…」
「…いえ」
デメナが資料を引っ込めようとすると、イアノが静かに首を振った。
何か琴線に触れる要素があったのだろうか。まったく、見当がつかない。デメナが首を傾げてると、イアノは穏やかに口を開いた。
「これは、個人情報に近いので、お手紙には書かなかったのですが…」
イアノは少し言いにくそうに前置きをした。
個人情報なら、確かに手紙に残してないこと自体は納得する。だが、それが今の話と関係あるのだろうか。
デメナは無言で、イアノを見つめていた。
「…妹の契約相手であるラウラさんは、エストラの常勤講師でもありますわ」
イアノの言葉を受け、デメナは固まった。
なんと言った?ラウラが、エストラの常勤講師だと?かつて、魔界と交流のあった魔術学校で働いているというのか?
それが事実なら、話はかなり変わってくる。最悪、留学生のホストファミリーを、ラウラのところに指定すれば話を解決することはできる。
だがそれでも、問題点はいくつかあった。
「…もしエストラへの留学をするのであれば、手続きは可能かと思いますが…かなり形骸化しています。また、数百年間断絶同然でしたので、果たして向こうが受け入れるか…。それに、ホストファミリーの家の家事代行なんて…」
「デメナ様。これは、良い機会では?」
デメナが考え込んでいると、イアノが口を挟んできた。
良い機会とは、どういうことだろうか。
イアノは少し興奮したかのように、身を乗り出してきた。
「私の知る限り、魔界の内部でも町の間でのやり取りは断絶に近い状態でしたわ。ですが、ダスノムの改革に始まり、ベリアス、アスティアノの間でも比較的簡単にやりとりができるようになりました」
「…そうですね」
「私個人の考えですが…。私の妹やその契約者のラウラさんの身元は私が保証します。人間界との交流を再開するならば、その第一歩として、ラウラさんのご自宅を大規模清掃するのも一つの手かと思いますわ」
イアノの言ってることも、魔界を運営する上での一つの意見として尊重はできる。だが、一つだけ釘を差しておかなければならないことがある。
「…留学を通じての交流再開、という意図は理解できます。ですが、検討するのは、あなたの妹だから、というわけではありません。そこはご承知おきを」
「もちろん、分かっておりますわ。むしろ、プライベートなことでここまで話を大きくしてしまって、申し訳ありません」
「…とはいえ…」
頭を下げるイアノを見て、デメナは背もたれに寄りかかった。
部下の妹の家で家事代行をお願いする、というだけの話だったのに、ここまで話が大きくなるとは思わなかった。これほど話が大きくなると、デメナでも判断ができなくなってくる。
「…これは、幹部会議で議題として上げてみないと、判断がつきませんね」
デメナはそのまま、大きなため息をついた。




