イアノの妹・ヴァーレアの事情
「…いかに妹の頼みと言えども、異世界である人間界に悪魔を派遣する、となると…イアノさんの独断では決められないんでしょうね…」
デメナは机の上に置いた手紙を再び手に取ると、顎に空いた手を当てて、考え込んだ。
何だか、変な感覚がある。人間界の家事代行の依頼が、なぜこっちに来るのか。だが、考えても分からない。ペルセは肉野菜炒めを口に含みながら、首をひねった。
すると、クロニオスが少し苛ついたように声を上げた。
「…そもそもよ、人間界の奴らに頼めばいいじゃねぇかよ」
「どうも、そうもいかないようなんですよ」
「あ?何でだよ」
「これ、ご覧ください」
デメナはそう言うと、肉を食べてるクロニオスの目の前に、手紙を差し出し、ページをめくった。クロニオスはその手紙を、無言で見つめている。
最初の一枚しか読んでいなかったペルセも、何とか手紙を覗き見ようとした。しかし、椅子に座ったまま、向かいに座る二人が読んでる手紙を見るのは難しかった。
「…なるほど。さすがはゴエティフス家のご令嬢と眷族契約を結べる程の人間…色々な意味でただ者じゃねぇな」
しばらくすると、クロニオスは若干呆れも混ざったようなため息をついた。
あのクロニオスがそこまで言うとは、一体何が書いてあったのか。不思議に思いながら、両親を見つめていた。
「…コイツに話すか?」
「ここまで見せておいて内緒というのは、子供にとっては酷ですよ。どのみち、イアノさんから漏れることも考えられます。それに…」
デメナはそう言うと、ペルセを一瞥してきた。しかし、すぐにクロニオスに視線を戻した。
「いい機会では?異世界とはいえ、ここまで極端な方も世の中にいるという教育になりますよ」
これを、いい機会と言い切ってしまえるのか。ペルセは呆気にとられてしまった。隣で聞いていたクロニオスも、若干顔が引きつっている。
だが、デメナはそんな父娘の反応を特に気にも留めず、手元に握っていた手紙を、再度机に置いた。
「ヴァーレアさん…イアノさんの妹さんが眷族契約を結ばれてるお相手の人間は、魔術研究家らしいのですが、生活能力が崩壊してるそうで…まぁ、ロクに掃除もできない方だと」
デメナにそう言われながら、ペルセは手紙の方へと視線を向ける。確かにデメナの言う通りの内容が書かれてる。
生活能力が崩壊してる、というのはマールのような感じなのだろうか。
マールも、一人だと自分で起きてこないし、家事をロクにしないタイプではある。だが、マールの場合は、本人が面倒くさがりなだけで、やろうと思えばこなすことはできる。実際に、何回かハイーラの代わりに家事をやっていた。
…文句は言っていたが。
「それでいて、魔力濃度が高い空間ゆえ、普通の人間には耐えられないそうなんですよね」
「魔力濃度が高いのが、人間にはきついの…?」
「らしいですね」
魔力濃度の高さ。
ペルセ自身、ダスノム、ベリアス、アスティアノと経験したため、魔界内でも魔力の濃淡があるのは知っている。悪魔である自分にとっては、魔力濃度が高いアスティアノの方が心地良いのだが、人間にとっては違うのだろうか。
そして、ペルセの頭には、別の疑問も出てきていた。
「それで、何でイアノお姉ちゃんはお母さんに…?」
手紙の中身を見ても、そこがよく分からなかった。
頭の良いイアノのことだから、理由もなく相談したとは思えない。
それを聞かれ、デメナは少し考え込んだ後に、口を開いた。
「あくまでも私の推測ですが、人間界という全く別の世界が絡んでくる案件ですから、イアノさんご自身での判断が難しかったのかもしれませんね」
「それで独断専行しないでお前に相談持ちかけてくる辺りは、ちゃんと教育が行き届いてるじゃねぇか」
デメナの推測に、クロニオスは軽く笑いながら、デメナの肩を優しく叩いた。
結局、よく分からない。
イアノの妹が、生活能力が低い人間のために、家事代行を求めてることしか理解ができなかった。
ペルセは首を傾げながら、母の手料理を食べ続けていた。




