悪魔の契約とは
デメナはしばらく、無言で手紙を読んでいた。手紙の枚数は見たところ、それほど多くはなさそうだ。
「何が書いてあるんだ?」
静寂に耐えきれなくなったクロニオスが、ステーキを頬張りながらデメナに尋ねた。デメナはそれに対し、静かにため息をついた。
「かなり個人的な案件ですね…はぁ…」
デメナはこめかみを指で抑えながら、手紙を机の上に置いた。ペルセは、その手紙の方に目を向けた。
手紙は、丁寧な字で書かれてる。
差出人の名前を見ると、イアノの名前があった。それならば、この丁寧で洗練された字にも納得がいった。
「…これ、イアノお姉ちゃんから…?」
ペルセは手紙に手を伸ばし、中身を読んでみた。ダスノムにいた昔と違い、今なら読むことができる。
中身を辿ると、妹が困ってるので助けたい、という旨が書かれている。しかし、その内容があまりにプライベートだった。
「…家事代行?」
ペルセは首を傾げた。
手紙には、確かに家事代行という文字が書かれている。だが、イアノの妹が家事代行を求めてる理由や、なぜそれをデメナに相談したのかについては、何も言及がされていなかった。
「妹の家の家事代行だぁ?何でそんなもんこっちに…」
「…大方の見当はつきます」
「あん?なんか事情でもあんのかよ」
クロニオスも同様に不思議そうにしているが、デメナはある程度予想がついてるようだ。
ペルセも、デメナの方へと視線を向ける。
「…イアノさんの妹さん…ヴァーレア、というのですが、その方は『人間界』に住んでらっしゃるんですよ」
人間界。アモディエナから、少し話を聞いたことがある。
悪魔とは違った種族『人間』や、その他の種族が集まる、異世界の名前。アモディエナによれば、空が青く、明るいかわりに魔力が薄い世界とのことらしい。
だが、イアノの妹が、なぜそんなところに住んでいるのだろうか。
そう思っていると、デメナは言葉を続けた。
「ヴァーレアさんは、宿主である人間との契約…言わば『眷族契約』ですかね。それを結ぶことで、精神世界で過ごしてるそうなんですけれど」
「契約?久し振りに聞いたぞ、その単語」
「昔は今よりも、人間界側からの召喚が多かったようですからね」
契約。
意味の分からない単語が出てきた。
異世界の生き物と、契約を結ぶのか。ペルセの頭は、混乱していた。
「お母さん、契約って…?」
「…あぁ…そうでした。ペルセさんには、そこからですよね」
ペルセの質問に、デメナはまるで今気付いたかのような、少し大袈裟に反応している。そして、クロニオスに向けてた視線を、ペルセに向けてきた。
「契約というのは、私たち悪魔が、人間などの知性ある種族に取り憑き、力を使役できる状態にすることをいいます」
「取り憑いて、力を…?」
「う〜ん…どう言えばいいでしょうかね…」
デメナはそこまで言うと、少し考え込むような素振りを見せた。すると、クロニオスが口を挟んできた。
「簡単に言えば、人間連中が力を要求して悪魔を使い魔にしてくるか、もしくは逆に、悪魔側が力を与える代わりに何かしらの代償をもらうかの、二パターンだな」
「…それ、悪魔の方にメリットなくない?」
「人間が悪魔を使い魔にしてくる場合は、まぁあまりねぇな。本当に力を貸すだけになる。だが、悪魔が代償を要求できる場合、かなり違う」
クロニオスはそう言うと、再び野菜炒めを口に運び、それと同時に白飯をかき込んだ。
そして、茶碗を机の上に置いて、話を続けた。
「契約の代償ってのは、その気になれば相手の寿命や生命力なんかを指定できるからな」
「えっ…?」
クロニオスの言葉に、ペルセは驚きを隠しきれなかった。
そんなものを要求したら、相手はどうなってしまうのか。少なくとも、タダでは済まないのではないだろうか。どうしても、悪い想像が頭を過ってしまう。
「無論、倫理的には許されねぇ。…が、下級悪魔にとってみりゃ、辛い魔力訓練をするよりは楽な、魔力増強法として一般的だったんだよ…昔はな」
クロニオスはそこまで言うと、傍にあったコップを手に取り、中に入ってるお茶を豪快に飲み始めた。
そんなものが、昔の魔界にはあったのか。そして、イアノの妹は、そんなものを人間と結んでいるのか。
すると、デメナが再び口を開いた。




