故郷凱旋
「…着いた…」
ペルセの目の前に、大きな石碑が置いてある。石の表面はよく磨かれており、そこに文字が刻まれている。
『ダスノム襲撃事件犠牲者慰霊の碑』
ーーーそう。
およそ10年前の今日、ペルセの人生を大きく変えた出来事。
苦しみながらも、ダスノムで必死に、しかし平穏に暮らしていたペルセに、突如襲いかかった悲劇。
意味も分からずオーレンやその他の、自分の世話をしてくれた悪魔達が殺され、自分も殺されかけた、あの忌々しい事件だ。
アンドレイスというたった一人の男によって、理不尽に殺されてしまった者達の、慰霊碑だ。
「…やっと、ここに来れた…」
ダスノムへの交通網が整備されてからというもの、一日千秋の思いで、この日を待っていた。
工事中であったため、長らく一般の立ち入りが制限されていたのだが、つい先日、それが撤廃されたのだ。
ペルセは静かに、慰霊碑の前で手を合わせた。
「…ただいま。オーレンさん…皆。遅くなっちゃったけど、私は戻ってこれたよ」
10年。
決して短くない月日だった。
だが、その月日の中で、マールと出会い、ハイーラと出会い、クロニオスやデメナとも出会って、皆と家族になった。
それでも、ペルセの中から、オーレン達が消えた日は、一日たりともなかった。
ーーーいつまで経っても、どれだけ家族が増えても。ペルセにとって、最初の育ての父は間違いなくオーレンだったし、家族はダスノムで一緒に暮らした皆だった。
「…色々、あったよ。苦しいことも、辛いことも。…命を狙われたことも、あった」
だからこそ、皆に話したいことが山のようにある。だが、ペルセは手を合わせたまま、静かに語り出す。
「でもね…。私は今、とっても幸せなの。新しい家族もいて、お父さんもお母さんもいて。皆が、私を大切にしてくれてるの」
ペルセはそこまで言うと、一息ついた。
合わせていた手を下ろし、そのままゆっくりと後ろの方へと視線を向ける。
「オーレンさん、見えるかな?もう、ここは私達の知ってるダスノムじゃない。すっかり、変わっちゃったね」
ペルセはそう言いながら、わずかに微笑んだ。
その瞬間、穏やかな風が、ペルセの髪を揺らす。その風にも、かつてのダスノムのような、腐った食べ物の匂いは全く乗っていなかった。
「…バイバイ、オーレンさん、皆。また、そのうち来るよ」
ペルセは慰霊碑に向けて、小さく手を振った。当然、返事などない。だが、ペルセはさらに言葉を続けた。
「今度は、私の『新しい家族』も、連れてくるよ」
ペルセがそう言うと、先程とは違う方向からの風が、ペルセの頬を撫でていった。
確証はない。でも、なぜだか風を通じて、オーレンが返事をしてくれたような気がした。
「…じゃあね」
ペルセはそれだけ言うと、慰霊碑に背を向け、駅へと歩き始めた。
本当は、まだ話し足りない。十年間の空白は、この程度で埋まるわけもない。
しかし、永久に来れないわけでもない。今回話さなかったことは、次回話せばいい。
時間は、まだ沢山残っている。
オーレン達を含めた、ペルセの『家族』全員で、ゆっくりとお話がしたい。オーレンの願い通り、魔界を、世界を見てきたのだから。
その光景を想像し、ペルセは空を見上げ、微笑んでいる。
魔界の空は、十年前も変わらず暗いままだ。だが、ペルセの心は、極めて晴れやかだった。
「オーレンさん、きっと驚くよねぇ。私が見てきた、外の世界の話をしたら。ふふっ」
優しい風が吹く中、ペルセは静かに笑った。
その背中は、小さく、しかし幸福に満ちあふれた背中だった。




