初めての『ふつう』
結局、散々に頭や体を洗われた。
自分がダスノムの生まれだと言った途端、まるで遊ぶかのように洗ってきた。おかげで、変に疲れた。
ーーーだが、不思議と不快な感覚はなかった。
マールは、自分がダスノムの生まれだからといって、嫌がる様子を全く見せなかった。店の者たちとは違う、何かがある。
ペルセは体を大きなタオルで拭かれながら、そんなことを考えていた。
「あ〜、あんまり動かないで〜。拭きにくいから〜」
くすぐったさに思わず体を動かす。そのたびに、マールから文句が飛んできた。
そうはいっても、くすぐったいものは仕方ない。
「…マール、さん、は、拭かなくていいの?」
「ん〜…私は適当に、魔力でなんとかする〜。それより、ちょっとここで待っててもらえるかな〜」
ある程度拭き終わったのか、マールはタオルをペルセに持たせたまま、その場を離れようとした。
「え、ちょっと…?」
「そんなにかからないと思うよ〜、すぐ戻るから〜」
ペルセが止めるのも聞かず、マールはタオルを巻いた姿のまま、部屋の外へ出ていった。
ーーーその場に一人、残された。
部屋の中は、まだ暖かい空気で満たされている。拭かれたはずの体に、一筋の水滴が滴り落ちる感覚がした。これは汗か、それとも別の何かか…。
「…う〜ん…」
水滴を拭いながら、ふと自分の髪に触れた。
ーーービックリするほど、髪がサラサラだ。
ダスノムにいた頃には、自分の髪を指で梳くことはできなかった。何かでくっついてたようで、特に意識せずともまとまっていた。
しかし、今の自分の髪に触れても、ほとんど塊にならない。こんなに髪の毛の本数があったのか、とハッキリ認識できる。
本当に、これは自分の髪なのか。いまいち、信じられなかった。
「お待たせ〜」
相変わらず、間の抜けたようなマールの声だ。いつの間にか、タオル姿ではなくなっている。
そして、その手元をみると、両手になにか黒い物を持っている。よくよく見ると、それは黒い布ーーーいや、服、らしきものだ。
「なに、それ…?」
「さすがに、裸でうろつく趣味はないよね〜?」
ペルセの質問に対し、マールはまともに答えてくれない。しかも、その状態で、さらに近付いてきた。
「だから〜…キミの着替え、用意したんだ〜」
「用意って…え?どこから?」
マールはどう見ても、大人の女性である。子供のサイズに合う服なんて、普通に考えたら持ってないだろう。そんなことは、頭の良くないペルセでも分かる。
「さっきキミが着てた服あるでしょ〜?アレを元に、魔力でチョチョイと〜」
「…まりょく、便利すぎない?」
「ん〜…悪魔の生活での、必需品でもあるからね〜。暮らしていくうえでも、使えると便利だよ〜。はい、どうぞ〜」
マールはそう言って、黒い布をペルセに手渡してきた。よく見ると、その黒い布以外に、別のものもある。
なんだろうか、これは。黒い布と比べると、サイズが一回り小さい。これでは、最低限しか隠せないのでないか。一体、どこに使うのか。いくら眺めても、全く予想もつかなかった。
「…もしかして〜、下着がわからないのかな〜?」
「したぎ…?」
「ついでに作ったんだよ〜。キミ、服の下に何も着てなかったみたいだしね〜」
服の下に何か着るものがいるのか。ダスノムの時も、皆肌の上に布切れ一枚羽織ってるだけだったのに。
…マールの言ってることはよく分からないが、この「したぎ」という布も着なければならないことだけは分かった。
「一応聞くけど〜…どうやって着るか、分かる〜?」
「え…?」
…初めて見たものなのに、どうやって着るかなんて分かるわけがない。マールはわかってて聞いてないだろうか。
マールと渡された布を交互に見ていると、マールの軽いため息が聞こえてきた。
「…仕方ないね〜。ちょっと失礼するよ〜」
「へ…?あの、ちょ…」
ペルセが戸惑っている間に、マールは距離を詰めてきた。




