十年後
リドンによるダスノム改革への反乱が起きて、およそ十年の月日が流れようとしていた。
魔界の町、アスティアノでは今日も、朝が訪れる。しかし、混沌とした暗い空は変わらず、朝日では照らされない。そこに、文句を言う悪魔も、以前と変わらず誰一人としていない。
そんなアスティアノの一角にある家の中で、一人の少女が出かける準備をしていた。
「…ん、財布も持ったし、これで飲み物も買えるね」
十年前と何ら変わらぬ姿を持つ、ペルセ。
悪魔であるがゆえ、十年程度では然程姿は変わっていない。だが、中身は大きく成長していると自負していた。
ペルセは貴重品類を小さなカバンに放り込むと、ゆっくりと立ち上がった。
今日は、特別な日。
数ヶ月前から、この日だけは一人であるところに出かけようと、ペルセが心に決めていた日だ。
ペルセはそのまま部屋を出て、家のリビングに移動した。
台所では、ハイーラがいつものメイド服姿で、鼻歌を歌いながら食器を洗っている。一方、居間ではマールがソファに寝そべり、完全にくつろいでいる。
ーーーハイーラの家の、いつもの朝の光景。
今日も、平和な一日が始まろうとしていた。
「ハイーラさん、マールさん」
ペルセはそんな二人に声をかける。ハイーラは手を止めてちゃんと振り向き、マールは気怠そうに顔だけこちらに向けてきた。
「ちょっと、出かけてくるねー」
相変わらず対照的な二人に笑いそうになったが、ペルセは何とか堪えた。
ハイーラは少し驚いたような表情を浮かべ、カレンダーを確認している。ペルセはそれを見て、不思議そうに首を傾げた。
「あれ?私、今日は出かけるって前から伝えてたよね?」
「…そう、だったわね。もう、そんな日なのね」
完全に忘れていたわけではなさそうだが、ハイーラの奥に見える感情は、若干の寂しさも混ざっている。別に、一生のお別れになるわけでもないのに、変なものだ。
「晩御飯までには戻ってきなさいよ」
「分かったー」
ハイーラからそう言われ、ペルセは玄関の方へと歩き出し、靴を履いた。
昔は、靴紐も自分で結べなかったが、今じゃ簡単に結べるようになったものだ。靴紐を結び、玄関のドアノブに手をかけた。
そんな中、ふと、マールの方へと視線を向ける。相変わらず、ソファでだらけたまま、その場から動こうとしていない。
でも、マールは穏やかそうな笑みを浮かべたまま、ペルセに向けて小さく手を振っている。マールなりに、「いってらっしゃい」とでも言ってるのだろうか。
「行ってきまーす!」
ペルセは元気よく、家の中に声を響かせると、そのまま玄関を開け、外へと出ていった。
「いってらっしゃい」
ーーーそう、ハイーラが優しく言っていたことを、ペルセは知らなかった。




