両親のからの、深い感謝
「…ハイーラさん」
「びゃいっ!?」
空気に耐えきれなくなったのか、デメナがハイーラに向けて声をかける。それに対し、ハイーラは飛び上がるかと思うほどに驚いていた。
「な、なななな、なんで、しょう?」
カタカタと震えながら、ゆっくりとデメナ達の方を見る。その顔には、滝のように汗が流れている。
「…私達はあくまでも、ペルセさんの実親として来ているんです。そこまで、畏まらなくてもいいんですよ?」
デメナはそう言いながら、眉を下げ、苦笑いをしている。本当に、少し困ってるようだ。
「そ、そう言われましても…クロニオス様が来られるなんて…」
「ハイーラさん」
視線の泳ぐハイーラに、ペルセが声をかける。ギギ…とハイーラが、こちらに視線を向けてきた。
その目は、明らかに助けを求めている。だが、ペルセには、ハイーラが何にそんなに怯えているのかが分からなかった。
でも、たった一つだけ、言いたいことがあった。
「…お父さんは、お父さんだよ?」
ペルセは首を横に倒しながら、ハイーラに言った。
本当に、不思議なのだ。なぜ、そこまでクロニオスを怖がるのか。父親が強面なのは事実だが、それだけでは説明のつかない怖がり方だ。
言われたハイーラは呆然としている。そして、その横でマールが小さく笑い声を漏らした。
「だってさ〜、ハイーラ…。教科書に載ってる大悪魔なのは事実かもだけど〜…そんなに怯えられちゃ、相手も困るよ〜」
マールはそう言いながら、ハイーラの背中を優しく叩いた。
マールは分かっているようだ。昔の立場があったかもしれないが、結局、今ここにいるのは自分の父親でしかないのだから。
「…名乗っただけでこんな怯えられたのは、さすがにショックだぞ…」
珍しく、クロニオスが肩を落としている。普段なら大笑いするところだが、その相手がハイーラであるだけに、ペルセは笑えなかった。
だが、そのやり取りを聞いて、ハイーラもようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「す、すみません…つい…」
「まぁ、無理もありませんよね。私も、後からクロニオスさんのことを知った時は、驚きましたし」
ハイーラの謝罪に、デメナが笑いながらフォローを入れた。
クロニオスがため息をつきながら、再度ハイーラへ視線を向ける。ハイーラも、ガチガチに固まってはいるが、先程よりも怯えてはいないようだ。
「デメナからも言われたと思うが、この子の親として、俺もお前達に直接礼を言いたいと思っていた。だから、この場を借りて、言わせてくれ」
クロニオスはそう言うと、ゆっくりと頭を下げる。それを見て、隣に座っていたデメナも、釣られるように頭を下げた。
「娘を、ペルセを助けてくれたこと。今回の件だけではなく、ダスノムから来た娘を保護したことも含めて、感謝する。ありがとう」
「…私からも、改めて。ありがとうございます」
夫婦揃って、頭を下げている。ペルセからしても、あまり見たことのない光景だ。
だが、ハイーラ達はもっと驚いていた。ハイーラもマールも、開いた口がふさがらない様子で、クロニオス達を呆然と見ている。
しばしの沈黙が流れる。クロニオス達は頭を下げたまま、微動だにしていなかった。医務室の蛇口から、水滴の落ちる音が、何だか大きく聞こえる気がした。




