父の名乗りとその違和感
クロニオスがハイーラ達へ視線を向ける。身を寄せ合っていた二人は、思わず背筋を伸ばし、わざわざ座り直した。
そんなに、緊張しなくてもよいのに。ペルセは、不思議そうに首を傾げ、二人を見つめていた。
「挨拶が遅れて済まない。ペルセの父のクロニオス、という者だ。娘が世話になってるようだな、礼を言う」
「え、あ、えっと、こ、こちらこそ…」
クロニオスが軽く会釈をすると、ハイーラ達は慌てふためきながらも会釈を返した。
その様子を、デメナはクスクスと笑いながら眺めている。
「そんなに畏まらなくてもいいんですよ?ただの、私の夫ですから」
「…お母さん…多分、二人とも聞こえてないと思う…」
ペルセに聞こえてくる、ハイーラ達の胸の内の声は、困惑と焦りでいっぱいだった。そんな状況では、デメナの助言も多分聞こえていない。
そんなに焦る理由は分からないが、少なくとも余裕はなさそうだった。
「…って…今、クロニオスって名乗られました?」
「あ?そうだが」
一瞬の間を置き、ハイーラが顔を上げた。その顔には、冷や汗が滲んでいる。
クロニオスは何の躊躇もなく答えているが、その返答を受けたハイーラの体が震えだした。
恐怖。いや違う。ハイーラの胸の内にあるのは、極度の緊張だ。
「名前がクロニオス…そしてその見た目…まさか…!?」
「どうしたの〜?」
ハイーラはクロニオスの顔を見つめながら、目を見開いて固まっている。その隣でマールが、そんなハイーラの眼前で手を振っている。
「…一体なんなんだ?」
「ふふっ…」
「おいデメナ。お前分かってんだろ」
「さぁ、何でしょうかね?」
不満げなクロニオスと、楽しそうなデメナ。この二人と関わるようになって、時々見るようになった光景だ。
ペルセはわけも分からず、オロオロとハイーラとクロニオスの顔を交互に見つめていた。
「あの…人違いだったら申し訳ないんですが…」
ハイーラが恐る恐る、口を開いた。顔色が悪くなっており、その声は震えている。
「何だ?」
「もしかして…今の魔王様の治世になられる前の、後継者候補だった、クロニオス様…ですか…?」
後継者候補。どういうことだろう。
意味の分からない言葉が出てきて、ペルセは首を傾げていた。
クロニオスは少し不満そうに、デメナの方へ視線を向けた。
「…おい。今のアスティアノの連中は、俺が後継者候補だったと認識してんのか」
「間違ってはいないでしょう?」
「間違いだらけだ」
クロニオスはデメナの返答に、小さく舌打ちした。しかし、その反応が、ハイーラの顔色をますます青くしていることに、気付いていないようだ。
「ハイーラさん、顔色悪いよ…?」
本当に、わけが分からない。ペルセは、青ざめてしまったハイーラに声をかけるが、ハイーラは声にならない声を口から漏らすだけで、反応してくれない。
「そ、そんな…まさか、本当に…!?」
「ハイーラ〜、ちょっとどうしたの〜…?」
固まってしまったハイーラの肩を、マールが揺さぶっている。マールも緊張は隠せないようだが、さすがに隣でハイーラが固まっとあっては、動けたようだ。
「…マール…!!あんた、知らないの…!?」
「何が〜?」
ハイーラは錆びた機械のような動きで、マールの方に顔を向けた。
一体、何なのだろうか。自分の父の名前に、そんなスゴい秘密でもあるのだろうか。当人であるクロニオスも、不思議そうに首をひねっている。
「クロニオス様といえば、歴史の教科書にも載ってるような、偉大な悪魔の一人じゃない…!!」
ハイーラのその発言が、医務室の空気を一変させた。




