実務的な、不器用な気遣い
イアノは慌てて、涙を拭った。そして、声のする方へと振り向いた。
そこに立っていたのは、アモディエナ直轄の調査部隊の一つ、魔界災害調査管理部の部長を務めるバルディだった。その手には、重厚な書類が握られている。
アモディエナの元への報告に行くのだろうか。だとするなら、止めてしまうのもよろしくない。
「…大したこと、ありませんわ」
精一杯のやせ我慢。このまま行ってくれればいい。
しかし、バルディはそうしてくれなかった。
バルディは静かにため息をつくと、懐からハンカチを取り出した。
「その顔で言われても説得力がありませんよ。顔を少し冷やされては?酷い顔をしてますよ」
ーーーなかなかな言い草だ。女性に対して面と向かって酷い顔と言う、とは。
だが、手鏡で自分の顔を確認してみると、確かに腫れぼったくて、いい顔をしているとはいえない。
「女性相手にその言い方はどうかと思いますわ。…でも、助かります」
バルディはそう言われ、不思議そうに首を傾げる。この男、仕事面では有能なのに、そういった面では死んでるところがある。
イアノは軽くため息をつき、素直にハンカチを受け取った後、洗面所へと向かう。
洗面所に到着して、そこにある鏡を見ると、やはり赤くなっていて、酷い顔だ。イアノはバルディから受け取ったハンカチを水で冷やし、自身の顔へ押し当てる。
ーーー冷たくて、心地良い。
その冷たさで、段々感情も落ち着いてきた。
リドンのことは、確かに悲しいし寂しい。だが、もう優しかった昔のリドンはいない。今、あの尋問室にいるのは、もはやただの罪人だ。
「…うん」
再び顔を見ると、大分腫れぼったさが引いている。これなら、酷い顔と言われることもないだろう。イアノは、先程の場所に戻った。
てっきり、バルディはもう立ち去ってるものとばかり思っていた。でも、彼はその場に留まったまま、手に持った書類を確認しているようだった。
「バルディ」
イアノはバルディに、静かに声をかけた。それに気付いたバルディは、書類から視線を外し、イアノの顔を見つめてきた。そして、わずかに口角を上げた。
そして、イアノがお礼を言う前に、バルディが口を開いた。
「…元の、美しいあなたの顔に戻ったようですね。何よりです」
「気にかけてくれて、ありがとうございます」
下手なお世辞を述べるバルディに、イアノは頭を下げた。
ーーー気遣いなのか、本気でそう思ってるのかは、その表情からは分からない。バルディは、深層の魂の揺らぎがまるでないため、イアノの能力を持ってしても感情が読み取れないのだ。
だが、そんなことはどうでもよい。イアノは頭を上げると、先ほど使ったハンカチをヒラヒラとバルディに見せる。
「…後で、洗濯して返しますわ」
「その程度なら、返さなくても構わないのですが…」
「ゴエティフス家の一員として、そのくらいの筋は通させてくださいまし」
ハンカチを懐にしまうと、イアノはバルディに笑いかけた。一方のバルディは、呆れたように肩をすくめつつ、書類をしまう。
「…まぁともかく…。私も、玉座の間に用があるのです。早めに行きましょうか」
バルディはそれだけ言うと、スタスタと廊下を歩きだした。
自分を気遣ってるつもりなのだろうか。だとするなら、不器用すぎる。
ーーーだが、その不器用さも、バルディらしかった。イアノは静かに笑うと、その後を追った。




