リドンへの弔辞
ーーー玉座の間へと向かう廊下にて。
仄暗い通路を、デメナとキマエが歩いている。二人の後ろを、イアノは歩いていた。
三人の足音だけが、廊下に響いている。静かで、しかし物々しい雰囲気だった。
そんな中で、イアノだけが表情を歪めていた。
「…はぁ…っ…」
油断すると、寂しさと虚無感に飲まれそうになる。これから玉座の間に戻って、魔王であるサトゥニアに報告をしなければならないと言うのに。二人の耳には聞こえないほどに小さいため息が、勝手に漏れてしまっていた。
自然と、イアノの歩くペースが落ちてしまう。しかし、前を歩く二人は、気付いていないようで、距離が開いていくばかりだ。
「…デメナ様、キマエさん」
イアノは小さい声で、二人を呼ぶ。その呼び声も、何だかやたらと響いた気がする。デメナ達は歩みを止め、こちらを振り向いた。
「先に行ってて、くださいますか…?後で、追いつきます、から…」
言いながら、イアノの声は震え始めていた。すでに、感情が臨界点に達しそうだった。
声色から、それがばれてしまっただろう。特に、魂の揺らぎから感情を読み取れるデメナ相手には、隠せるわけがない。
「…分かりました。あとで、必ず玉座の間に来てくださいね」
しかし、デメナは何も追求してこない。不思議ではあるが、今はその対応が逆にありがたかった。
デメナはそれだけ言うと、キマエと共に先へ行ってしまった。キマエは不思議そうに首を傾げてはいたが、特に追及してくることなく、デメナの後を追った。
「…はぁ…っ…」
二人の姿が見えなくなると、イアノは目元を手で覆いながら、壁に寄りかかった。
リドンを、止められなかった。かつては穏やかで、優しくて、何でも知っていて。家の誇りや、礼儀などを教えてもらった、好々爺だったリドン。
ーーー一体、いつの間にあんな風になってしまったのか。もし、自分がもっとリドンを気にかけてれば、違ったのだろうか。
気づいた時には、もう、リドンは悪道に落ちてしまっていた。ゴエティフス家の後継者として、切り捨てざるを得ないほどに。
「…うぅっ…」
目頭を押さえても、嗚咽が漏れ出した。肩が上下し、涙がこぼれ落ち始めた。
小さい頃の自分と、リドンとの思い出が走馬灯のように蘇る。イタズラをして叱られた記憶、勉強ができて褒められた記憶、一緒に食事をした記憶、笑い合った記憶。
ーーー捨てたくなかった。だが、その思い出の相手を、捨てなければならなかった。
「…どうしてですの…リドンさん…」
そう問うても、答えてくれる者は存在しない。ただ虚しく、静かな廊下にその声が飲み込まれるだけだった。
家の看板を保つために、魔界の秩序のために。リドンのやったことへの責任を取らせることは、必要だ。そんなことは、分かっている。
しかし、感情はついてこない。リドンの姿は、かつて自分も慕っていた好々爺の姿のままだった。なのに、中身は別人のようだった。
ーーー優しかったリドンは、もういない。あそこにいたのは、もはや名前と姿だけを似せただけの、ただの反逆者だ。
もう、いないのだ。
「ぐぅぅっ…!ふぐっ…!!」
息が乱れる。肩が大きく上下し、漏れる嗚咽が激しくなる。
完全な別れが、たまらなく悲しい。本来ならば、犯罪者との別れを惜しむなど、不要なものだろう。
ーーーだが、今のこの瞬間だけでいい。
あの、優しかったリドンとの、別れを告げる時間が欲しかった。
「…イアノ?どうしたんです、こんな場所で」
すると、背後から聞き覚えのある、穏やかな男の声がした。




