誇りと怒り
イアノは再び、リドンの方へと向き直る。リドンは先程、キマエに怒られ、完全に萎縮してしまっているようだ。
だが、イアノに、相手が落ち着くのを待ってやる気はないようだ。
「…先程キマエさんも仰られた通り、ダスノム出身だからと言って、必ずしも無価値だとまでは言い切ることはできませんわ」
イアノは冷徹に言い放つ。リドンは黙りこくっていたが、納得はしていないようで、イアノを睨みつけていた。
この期に及んで、まだ分かっていないようだ。
「そして、あなたは…魔王様との交渉材料を得るためとはいえ、非戦闘員で、しかも子供であるペルセちゃんを狙った」
イアノは淡々と事実を述べる。
キマエの頭には、現場へ突入した時の光景が浮かんでいた。
壊れた壁と床。傷ついた二人の淫魔。そして、疲れ切ってもなお、その淫魔に甘えていた少女。
ーーー強烈に、記憶へ焼き付いていた。
「確実に勝つためには、綺麗事を言っていられないのですよ!お嬢様にも教えたでしょう!?世の中、綺麗事だけでは回らない、と!!」
「えぇ。それは確かに教わりましたわ」
リドンの言ってることは、間違っていない。特に、名家の幹部として生きていくなら、なおのことだろう。ましてや、イアノは後継者だ。将来、当主としての冷酷な決断や、汚いことも必要になってくるかもしれない。
ーーーだが、それが余計に、自分の首を絞めてることには気づかない辺り、間抜けと言わざるを得ないが。
「ですが、父上には当主として、捨ててはならないものも教わりましたの。『家の誇り』、というものを」
「…はい?」
リドンはハトが豆鉄砲を食らったかのような、唖然とした表情をしている。しかし、イアノは構わず言葉を続けた。
「あなたはゴエティフス家のNo.3です。意図しているかどうかに関係なく、常にその看板がついて回るんですのよ」
「…だから、何だと言うのです?」
「ゴエティフス家の悪魔が、子供を追い詰めた。その事実が、家の看板に泥を塗ってるんですわよ」
何だか、話が明後日の方に向かっている気がする。とはいえ、これは仕方のないことかもしれない。
イアノはあくまで、『ゴエティフス家の正統後継者』として、リドンと話をしている。家の看板にこだわってるのも、無理もない。
「何より…仮にそれがなかったとしても、ですよ。あんな幼い子供を、集団で追い立てて、追い詰める。…目的があろうとなかろうと、そういうことを考えて実行に移す方が、あなたが言うところの、『ゴミ』…ってものではないんですか?」
驚いた。相手の言葉を借りる形とはいえ、あの上品なイアノがそんな言葉を使うとは。
だが、キマエも同意見だった。戦場において、戦闘員や軍司令を追い込むことや、敵軍に奇襲をかけることは、積極的に勧めるつもりはないが、戦略として是となる。しかし、それを非戦闘員、ましてやただの子供にまで及ばせるのは、明らかに道を外れていると言える。
しかし、リドンはワナワナと震えているだけだった。
「…それが何だというのです!ならばあなたは、正面から勝てない強い者相手には、無条件で屈しろとでも言うのですか!?」
「こちらが卑怯な手段を用いていたのならば、あなたの道理も通りますわよ。ですが、魔王様は、あなたの子供や非力な悪魔達を狙っていましたか?」
イアノの言葉に、リドンは再び言葉を詰まらせた。
実際、魔王であるサトゥニアは卑怯な戦術は全くやってない。何なら、万の軍勢にサブリナ単騎で向かわせるという、こちら側が不利になるような戦略をとっていたのだ。
「…狙ってないどころか、むしろ可能な限り対話を試みようとしていました。それを不意にしたのは、あなたですわよ」
イアノの声のトーンが、一層低くなった。




