怒りの怪物、前進
前線の兵士達はざわめいていた。
サブリナがこちらに向かってくる。しかも、今までとは雰囲気がまるで違う。
今までなら、楽しそうに豪快な笑いを浮かべていた。だが、今の表情は、能面のように冷たい。
動かなければ。逃げるにしても、戦うにしても。
だが、誰一人として、体を動かすことができずにいた。
「…おい」
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
そうこうしているうちに、サブリナが目の前にまで迫っていた。兵士達は情けない悲鳴をあげ、尻餅をついてしまう。
こんなに、近かったか。
いつの間に、こんなに近づかれていたのか。
兵士達は皆、情けなく後ずさるしかない。
しかし、サブリナはその光景を見下ろしたまま、口を開いた。
「貴様らの総指揮官はどこにおる。…本陣は、どこじゃ」
本陣。この女は、本拠地を聞いてきている。
本来なら、総大将の居場所など、言うべきではない。知られてしまえば、狙われてしまう。
しかし、今回に限っては、相手が悪過ぎる。たった一人で、万の軍勢を相手取り、それでもなお遊ぶ余裕を見せる怪物なのだ。
「こ、この道を、数キロ真っ直ぐに進んだ先に…!!」
兵士の口は自然と答えてしまっていた。
ーーー答えない、という選択肢は、もはや出なかった。
サブリナは本陣のある方角を見つめている。そこには、広い一本道しかない。
「そうか…この先か」
早く、どこかへ行ってくれ。
兵士達はとにかく、そう願っていた。
しかし、サブリナはその場でゆっくりと、腕を振り上げ始めている。
何を、するつもりなのか。自分達には、もう戦意がないというのに。
「…外道には例外なく、仕置をせねばならんな」
「え…?外道…!?」
一体、何の話なのか。
何をもって、自分達を外道呼ばわりしているのか。
まるで見当がつかない。だが、サブリナの目は、本気だった。
「失せよ。下衆共」
ーーー兵士達が意識を飛ばす直前、サブリナのその一言が耳に残っていた。
自身の拳の余波のみで宙に舞う兵士達を見ても、サブリナは何も言わない。
ただ、その脚に、魔力を込め始めていた。
その背後で、兵士達が乱暴に地面に叩きつけられているが、もはやそんなものはどうでもよかった。
「…さしずめ、地獄へのカウントダウン、とでも言うべきところかのう…」
もちろん、その気になれば、そのまま一足飛びで本陣のある場所の近くまで行くことは容易い。だが、クロニオスからの命令もあるし、何よりそんなことをしては、敵が恐れを抱く前に終わってしまう。
ーーー見えているが、逃げられない。その方が、戦場では恐怖をあおるものだということを、サブリナは知っていた。
こんな下衆達の本陣に行くのに、奇抜な戦略など不要だ。
サブリナは、魔力を込めて強化された足で一歩、地面を踏みしめた。
すると、大きな足音と、それに伴う大規模な地響きが起こった。サトゥニア達の方にも伝わっているだろうが、クロニオス達が何とかするだろう。
「…首を洗って、待っておれ。リドンとやら」
逃げる気も、隠れる気もない。
相手も逃がす気も、毛頭ない。
確実に、仕留める。
サブリナはそう決心し、地鳴りを起こしながら、一歩ずつ、確実に本陣へと歩いていった。




