怒りの怪物、動く
一方、戦場の最前線は、もはや戦場とは言えない状態となっていた。
多くの兵士達が、なぎ倒されている。死んでこそいないが、動けないほどの怪我を負わされている。
甲冑の上から殴り壊され、倒れた兵士達がうめいている。
その場に立てている兵士達も、武器を構えて隙を伺ってはいるが、すっかり怯えきっている。
「遠慮するでない。ワシが休憩しておるからと言うて、気遣いはいらんぞ?ここは戦場、食うか食われるかのやり取りをする世界じゃからな」
そんな中、サブリナは瓦礫の上に座り、持ち込んだ魔獣の肉を食べていた。少し暴れたら、小腹が空いたのだ。
サブリナの体には、無数の擦り傷や切り傷がついているが、大した怪我ではない。
サブリナの言葉を受けても、誰一人として挑んでこない。楽しくなってしまって、少しやり過ぎただろうか。
これは、反省点だ。もっと、敵に希望を持たせたままで遊ばなければ、早々につまらなくなってしまう。
「サブリナ。聞こえるか。クロニオスだ」
そんなことを考えながら肉を貪っていると、頭の中に直接語りかける声が聞こえてきた。
魔力通話。クロニオスがこんなやり方をしてくることは、なかなか珍しい。余程の緊急事態でも起きたのか。
「なんじゃ。余程強い敵でも出てきおったのか?」
「…戦場で飯食ってんのかお前は…」
「腹が減ったからの」
「はぁ…まぁいい…」
クロニオスからは呆れられているが、これが自分のやり方なのだ。文句を言われる筋合いなどない。
ケラケラ笑うサブリナに、クロニオスは厳かな口調で話を始めた。
「…以前お前に共有した、俺の娘の件だ」
そう言われ、サブリナの笑い声が止まる。
確か、デメナの部下を通じて、娘の存在が敵に漏れてる可能性があるから、そこを突いてくるかも、という話だった。
まさかそこまで落ちてはいまい、と思っていたのだが。現実になったとでも言うのか。
「あの小娘に、何かあったのか?」
「何かあったどころじゃねぇ。あり過ぎたんだよ…」
クロニオスはそう言うと、つい先程デメナから受けたという報告の内容を伝えてきた。
初めは軽く笑い飛ばそうと思った。だが、内容が進むに連れ、そんな気もなくなってしまった。
「…それは、本当の事か?」
「俺の妻が嘘をつくとでも思ってるのか」
耳を疑う話だった。しかし、クロニオスやデメナが言うのなら、本当のことなのだろう。
サブリナは残った肉を一気に口へとかき込んだ。今回の相手は、呑気に遊んでいい相手ではない。そう、確信したからだ。
「サブリナ。今回の敵は、壊滅では足りない。見せしめるのは好みではないが…圧倒的な力で、潰せ」
「…分かっておる」
「ならいい、任せるぞ」
それだけ言うと、クロニオスからの通話は途絶えた。
サブリナの拳は、怒りに震えていた。怒りのあまり、握っていた骨付き肉の骨を握りつぶし、バラバラに砕いてしまった。
殺すつもりはない。だが、もう遊ぶ時間は終わりだ。サブリナは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、怯える兵士達に視線を向ける。今までなら、怯えた兵士達にこちらから攻撃をすることはなかった。
だが、それはあくまでも、相手が戦士であるという前提のもとでの話だ。その前提が崩れた今、そんな配慮をしてやるつもりもない。
サブリナはゆっくりと、動き始めた。




