幹部として、母としての怒り
「…以上が、事の顛末になりますわ」
イアノが一通り、説明を終える。その説明を、デメナは険しい表情で最後まで聞き続けた。
ペルセをリドンの軍勢に狙われること自体は、可能性として予想していた。当然、当たって欲しくはなかったが。
だが、イアノの話は想像以上に酷いものだった。
ペルセの身柄を確保するため、娘にとって最も安心できる場所、ハイーラの家へ土足で上がり込むだけでない。
拘束した非戦闘員への、無意味な暴行。しかも、女性である二人の顔面を狙ったもの。
その根底にある、ダスノムや淫魔への徹底した蔑視思考。
ーーー聞いているだけでも、酷すぎる。
「…中身は、理解しました」
ペルセから視線を外すことなく、低い声で呟いた。
イアノはそんなデメナに対し、深く頭を下げてきた。
「娘さんに…ペルセちゃんに力を振るわせてしまったことは、私にとって痛恨の極みですわ。申し訳ございません」
「お気になさらず。あなたの報告を聞く限り、ペルセさんが怒る状況だったのも、無理はありませんから。…むしろ、不慣れな状況で、良く頑張ってくれましたね」
護衛対象に戦わせてしまったこと。しかも、その対象がまだ戦士ですらない子供だったこと。確かに護衛役としては、悔やみきれない失態だろう。
だが、デメナはイアノを責めるつもりもない。何なら、大軍との戦いなど、ましてや魔力が封じられた状態での戦闘など、イアノにとっては未知の領域だったのだ。
責める道理など、最初からなかった。
「…ん…あ…れ…?」
すると、寝ていたペルセが、薄く目を開いた。
寝ぼけてるのか、状況を掴めてないようだ。ゆっくりと首を左右に振り、辺りを見回している。
「ペルセさん…!」
「おかあ…さん…?」
目を覚ましてくれた。
その事実だけで、デメナは泣きそうになる。
ペルセはぼんやりと、デメナの顔を見つめてくる。そして、ふにゃりと頬を緩めた。
「マ…マ…」
ペルセは、デメナだけを見ている。どうやら、周りにいるイアノやハイーラ、マールの存在を、認識できていないようだ。
「なんですか?ペルセさん」
デメナは母として、ペルセに声をかける。ペルセは母へ、再び眠りそうな声で囁いてきた。
「私…頑張った、よ…ママ…」
ペルセはそれだけ言うと、再び眠りについてしまった。
ほんの一瞬の、覚醒。しかし、その一言が、周りにいる大人達へ、どれほど深く刺さったかは、言うまでもなかった。
「…えぇ…。よく、頑張りましたね、ペルセさん…」
やはり、この娘の前では、幹部ではいられない。例え、自分の部下が見ていても、母になってしまう。
デメナは眠るペルセの頭を、優しく撫でた。
こんな形で、娘の成長を知りたくなかった。この子は、まだ実戦を知る必要のなかった子供だ。もっと平和に、鍛錬を通じて知りたかった。
技術を会得できて、無邪気にはしゃぐペルセを褒める。抱き締めて、甘やかす。母としても師としても、そういった光景を、望んでいたのに。
「…デメナ様」
「この件を、クロニオスさんに報告します。後は、私たちにお任せください」
だからこそ、リドンを叩きのめさなければならない。それも、完膚なきまでに。
母としても、サトゥニアの幹部としても、到底許すことはできない。
イアノの返事を聞くことなく、デメナは医務室を後にした。




