圧倒的武力
キマエは指を鳴らしながら、リドンの軍勢に向き合っている。
イアノは、ハイーラ達の元に駆け寄りながら、キマエの方へと視線を向ける。
久し振りに、この方の背中を見た気がする。
大きくて、逞しい背中だ。
お互い名家の一員であることもあり、二人が小さい頃から交流があったが、その時から背中の大きさはあまり変わってないように感じる。
「…イアノさん…。あの方、大丈夫なんでしょうか…?」
ハイーラが心配そうな表情でこちらを見つめてくる。その懸念も、無理はない。
いかにキマエが武闘派であるとはいえ、相手の人数はかなりのものだ。しかも、ペルセの魔力の影響はまだ残っている。
だが、イアノは全く心配していなかった。
むしろ、相手が下手に歯向かって、再起不能にされないかの方が心配だった。
「あの方なら…キマエさんなら大丈夫ですわ。幹部悪魔を除けば、魔界一の、最強の武人ですから」
だからこそ、断言できる。
キマエなら、戦場で何があっても心配いらない。それだけ、イアノは信頼していた。
ハイーラは困惑していた。だが、イアノの表情を見て何も言えなくなったようで、キマエの方へと視線を戻した。
「…リドンの配下の者共よ」
キマエは声を張らず、仰々しく口を開く。その話し方には、後ろで聞いているだけのイアノ達にも分かる圧力があった。
対峙している兵士達にとってはなおのことだったろう。イアノと話していた隊長も含め、全員が思わず背筋を伸ばした。
「貴様らにどういう事情があったかなど、俺は興味がない。子供を追い込み、非戦闘員に無意味な加害をする者の事情など、知ったことではない」
「な…っ!!」
キマエの言葉に、何か言いたげな様子で兵士達がキマエを睨む。歯を食いしばりながら、先程イアノと話をしていた男が声をあげた。
「サトゥニアに、ダスノム政策を止めさせねばならないのです!!このままいけば、ベリアスの秩序が!平和が、崩壊するのです!!ダスノムに堕ちるような犯罪を犯したクズが、まともな生活に戻ってよいというのですか!!」
ーーーこの期に及んで、まだ思想を曲げてない。ある意味、尊敬に値する頑固さだ。
だが、キマエの反応は冷徹だった。
「そういう御高説などどうでもいい。俺は、この小娘の父親から依頼を受けて、保護しに来たのだ。連れて帰らせてもらう」
そう言うと、キマエは再び兵士達へ背を向け、イアノの方へと近寄ってきた。
そして、イアノの前に膝をつき、イアノと視線を合わせてくる。
「…立てるか?サトゥニアに戻るぞ」
「私は、大丈夫です。ですが、ほかの御三方が…」
「分かっている」
そう話していると、キマエの背後に、一人の兵士が武器を持って迫ってきた。
どうやら、背を向けたキマエの頭を割ろうとしているらしい。思い切り、大きな槌を振り下ろそうとしている。
ーーーだが、そんなもの、キマエに通用するはずもない。キマエは、振り下ろされたその槌を、一瞥すらせずに、軽々と片手で受け止めた。
「うそ…!?」
鼻を抑えながら立ち上がったハイーラが、目の前の光景を信じられずにいるようだ。
イアノでも素の肉体だけで同じことをやるのは不可能であるため、普通の反応ではあるだろう。
「…邪魔をするな!」
「ぐぁっ!?」
キマエはそのまま、自身の裏拳を兵士の顔に入れた。またしても、兵士はその一撃で完全にノックアウトされてしまった。
あぁ。やはり、こうなってしまうか。
キマエの裏拳を受けた兵士は、死んでこそいないが、顔面が陥没し、崩壊していた。
「…すごいね〜…」
マールも殴られた頬を擦りながら、驚きの表情で見ている。だが、その奥に、驚きだけではない何かがある気がした。
しかし、そんなことを気にしてる場合ではない。イアノも、気絶したままのペルセを抱えた。
ーーー軽い。驚くほどに、子どもの体だ。
あれほどの凶悪な魔力を持つ個体だとは、到底思えなかった。
「…文句があるなら、俺が相手をする。文句がないなら、消えろ。そして、リドンに伝えろ。『追っ手を出すな』…と」
キマエは兵士達の方へ向き直りながら、言い放つ。その言葉に、もはや誰も逆らえなかった。
兵士達は、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げ出してしまった。




