マルス家当主・キマエと専属軍馬・オロナ
「ぐおぉっ…!!」
鎧武者は、側頭部から血を出しながら、その場に倒れてしまった。同時に、その足元に何か大きくて硬いものが落ちた。
ーーー拳大の石だった。その角に、血がベットリとついている。
イアノは、石のとんできた方向へと視線を向ける。そこに見えた光景を見て、その意味を理解したイアノは納得した。
「お、おい、あれって…!!」
「バカな…!!」
外にいる兵士達がどよめいている。だが、無理もないであろう。
そこには、銀のたてがみを美しくたなびかせる、巨大な黒い馬と、それにまたがる巨漢の大男がいたからだ。
そして何より、その馬の胴体には、遠目に見てもわかるほどの、横一文字の大きな古傷が刻まれている。
ーーー間違いようがない。
大きな特徴が、一致しているのだから。
「あの馬…あの傷…間違いない!!」
「マルス家のオロナだ!!」
兵士達が叫び声をあげた。
マルス家。
アスティアノの中でも、特に武力を重要視する、武門の筆頭名家。
オロナは、そのマルス家の中でも、代々当主のみに仕え続ける家系の馬に継がれる名前だ。
「ってことは…あの男は…まさか…!!」
どうやら、男達もオロナがこの場にいる意味に気づいたようだ。
ーーーそう。
オロナは、マルス家の『当主のみに』仕えている軍馬だ。すなわち、そこにまたがる大男こそーーー。
「…キマエさん…」
イアノは、その大男、マルス家当主・キマエへと視線を向ける。
キマエは馬上で、ゆっくりと兜を外した。その下にある、手入れされていない黒髪と無精髭が特徴的な、無骨な男の顔が露わになった。
その顔を見て、兵士達がますますどよめいた。やはり、キマエも武門筆頭名家の当主だけあり、貴族社会でも知られている顔のようだ。
「き、キマエ、卿…!!」
兵士達が完全に怯えきっている。
だが、キマエはそれをさして気にすることもなく、オロナの上から乱雑に飛び降りた。
着地の瞬間、その衝撃がイアノにまで伝わってくる。何だか、足の裏が少し痺れる。
キマエはそのまま、兵士達の隙間を縫い、中に入ろうとする。しかし、愚かにもキマエの通行を妨げる兵士が現れた。
「こ、こら!!今は取り込み中だ!!いかにキマエ卿と言えども、関係の無い者は、うぐぁっ!?」
「邪魔だ。退け」
勇敢にもキマエの前に躍り出た兵士は、キマエが放つ、まるでホコリでも払うかのような軽い動作の一撃で殴り倒されてしまった。
さすがは、キマエだ。魔力が使えないこの環境でも、己の身一つのみで、あれほどの破壊力を軽々と出せるとは。相変わらず、恐ろしい肉体を持っている。
「…道を開けろ。中にいる者達に用がある」
キマエは兵士達に、低く、しかし力強い声で命じる。
兵士達に、逆らう選択肢などあるはずがない。皆が大人しく、道を開けた。
キマエはその道を通り、イアノの元へ近寄ってくる。
近くで見ると、相変わらず大きい。自分の知る限り、指折りの図体の男だ。
「イアノ、済まない。遅くなってしまった」
「いえ…むしろ来てくださって助かりましたわ、キマエさん」
キマエはイアノの前に着くと、あたりを見回す。
壊された壁と床、縛り上げられた二人の淫魔、そしてその淫魔達に抱きついたまま意識が混濁している様子の子供ーーー。
「…クロニオス様の依頼で来たが…想像以上に、酷いようだな。あの方の仰る嫌な予感というのは、得てして当たるものだ…」
「えぇ…」
どうやら、クロニオスが先に手を回していたらしい。たった一人の愛娘のためとはいえ、まさかマルス家当主まで動かしてしまうとは。
「ペルセちゃんの魔力の質から考えると、サブリナ様の直属の配下で、武闘派なあなたが一番依頼しやすかったのでしょうね」
「そうだろうな…」
キマエはそう言うと、ハイーラ達の方へ近付き、彼女らを縛る縄を、力尽くで引きちぎった。
キツく縛られているにも関わらず、全く意に介さないその怪力には、惚れ惚れする。
「あ、ありがとう、ございます…」
「助かり、ました〜…」
ハイーラ達は戸惑いつつも、キマエに礼を言い、その場で気絶したように眠り続けるペルセを、強く抱き締めた。
「…気にするな」
キマエはそれを見届けると、ようやく兵士達へと視線を向けた。




