悪意の濁流
「…さて…」
ハイーラ達を縛り上げた男達は、ゆっくりとこちらへと向き直る。その目は、完全にペルセの方を向いている。
そんな中で、一人の男が前へと出る。
イヤだ。
怖い。
気持ち悪い。
そんな目を。感情を。
向けてこないで…!!
しかし、そんなペルセの願いも虚しく、男は醜悪な目を向けてくるのみだった。
屈強な男。父であるクロニオスほどではないが、鍛えられていることが一目で分かるような体付きだ。
男はゆっくりと口を開いた。
「…イアノ様。そのお子様の身柄を、こちらにお渡しください」
男は冷静に、イアノへ頭を下げる。
その表面上は、落ち着いている。だが、その中身では何かが燻っている。
イアノの眉間には、シワが寄っていた。
「…何のつもりですの?このような場に、これほどの大軍を引き連れて」
「イアノ様も聞き及んでいるはず。サトゥニアの愚者が、ダスノムの開発を行い、あのクズ連中を引き上げ、秩序の崩壊をさせようとしていることを」
男はやれやれとでも言いたげに、両手を上げる。
ーーーダスノムの開発。
以前、どこかでダスノムの開発のチラシをみたことがある気がする。
だが、それが一体何なのか。
自分がこの男達に連れて行かれることと、何の関係があるのか。
「これは…リドン卿の意向でもあります。ゴエティフス家の関係者として見た場合、アナタはまだ第一位の後継者に過ぎない。現職のNo.3であるリドン卿に歯向かうのは、得策ではありませんよ」
この男は何を言っているのか。
リドン。ゴエティフス家。後継者。
全てが、分からない。ただでさえ、気分が悪いのに。
だが、イアノは苦々しい表情を浮かべている。
「もう一度言います。そのお子様の身柄を、こちらにお渡しください。そうすれば、我々は何もせずにこの場を離れます。あなたの身の安全も…」
「ふざけないで!!」
男がイアノに再度頭を下げようとすると、ハイーラが大声をあげた。
拘束されている縄が、大きく体を締め付けていて、苦しそうだ。だが、ハイーラはそんなものを全く気にする様子がない。
「何の権限があって、あんたらにペルセちゃんを渡さないといけないわけ!?あんなに怖がってる子どもが、見えてないの!?」
ハイーラはジタバタしながら、叫び続ける。しかし、男はまるで動じない。
それどころか、呆れたようにため息をついている。
ーーーまずい。
ハイーラへの敵意が一気に膨れ上がっている。
ダメ。
やめて。
私の大切なハイーラに。
何もしないで。
傷付けないで。
「黙っていろ!男を幻惑するしか能のねぇ下等淫魔が!!」
「ぶっ…!?」
そんな必死の願いも虚しく、男はハイーラの顔面に膝蹴りを食らわせた。
膝蹴りされたハイーラの顔には大きな傷がつき、鼻が曲がって鼻血が出ていた。
「ハイーラ!?」
「うるせぇクソ淫魔が!!」
「が…!!」
ハイーラが蹴られたことに対して声をあげたマールさえも、頬へ膝蹴りを入れられ、倒されてしまう。
ーーー一瞬の出来事だった。
あまりに刹那的過ぎて、イアノすらも呆然としている。
「…おい、この淫魔共を別の部屋へ連れて行け。うるさくて敵わん。見張ってる間は、好きにして構わん。淫魔だからな」
「ちょっと待ちなさい。…リドン卿がそれを許可されると、本気で思ってるんですの?」
ペルセが必死に怒りを抑えている横で、イアノが男達の動きを止める。
しかし、イアノの拳も震えている。相当、深い怒りが内側で燃え上がっている。
しかし、男は不思議そうな表情を浮かべた。
「ネゴシエートというものは、想定外を起こさないよう、障害を排除して行うもの。あのような下賤な淫魔がいては、高尚な話し合いなど進みませんよ」
「…あの者達が下賤であると…本気で思ってるんですのね…!!」
「むしろ下品な淫魔に、何を期待されてるのです?差し出がましい申し出ですが、ゴエティフス家の正統後継者であるなら、もっとご自身が特別であることを自覚なさったほうがよいか、と」
段々、男が本音を隠さなくなってきている。
心の奥底から見える、敵意や嫌悪の感情が、表に出てきている。
ーーーそれが、余計に気持ち悪かった。




