母の提案
お祝いのすき焼きを食べた日から、数日が経った。
マールやペルセとの平穏な日々が続いている。
食事と片付けを終え、ふとリビングに視線を向けると、マールとペルセが、玩具を用いて遊んでいる。
魔力を注入すると、独特な動きを見せたり、声を発したりするタイプの、人形の玩具だ。どうやら、マールはペルセのお人形遊びに付き合っているらしい。
ーーーますます、少女らしくなってきた。
ペルセが人形を動かしながら声を当て、マールがそれに気の抜けた返事をしている。
本来ならば、この光景を見たり、ペルセの遊び相手をするのは、親の役割なのだろう。
そう思うと、胸の奥が少し痛んだ。
「…ハイーラさん、聞こえますか?」
「ッ!?」
突如、頭の中に声が響く。ハイーラの体が大きく跳ねる。
慌てて周囲へ視線を向けるが、自分に語りかけてくる者はいない。
この感じは、魔力通話だ。相手の魔力と自分の魔力とをリンクさせ、相手の頭の中へテレパシーのように語りかける。魔力の応用法だ。
だが、誰にでも使える手法ではない。ある程度相手の魔力も理解していないと不可能だ。遠方からやるとなると、なおさら。
自身の魔力を知ってて親しい相手。もしくは高い技術を持つ者。そのどちらかしかない。
そんな性質上、自分のことを全く知らない者が語りかけてくるのは不可能だ。
ーーー一体、誰なのだろうか。
「…どなた様でしょうか」
ハイーラがこの質問を返すのは、必然だった。通話の相手は、それに驚いた様子もなく、淡々と答えた。
「突然の通話、失礼します。こちらサトゥニア直轄、魔界後方支援部所属のイアノですわ」
「…えっ?」
今、相手はイアノと言ったか。
あの、いつもペルセの迎えに来る女性。
だが、ゴエティフス家ではなく、サトゥニア直轄と言った。
魔王様やその幹部に、直接仕えてる悪魔。
そんな相手だったのか。
でも、確かにイアノにはかなり技術がある。キーアと対峙した時、渾身の幻惑を一瞬で解析しきり、変質させた上で跳ね返した程に。
「…イアノ、さん…!?」
驚きのあまり、言葉に詰まる。そんなイアノが、一体何の用なのだろうか。思わず、背筋が伸びた。
そんなハイーラとは対照的に、イアノは冷静に言葉を紡いできた。
「私の直属の上司にあたります、ペルセちゃんの母上・デメナ様より言伝を預かっておりますわ」
ーーーペルセの母。
その言葉が聞こえてきた瞬間、ハイーラは悟った。
とうとう、別れの時が、来てしまった。
無意識に、玩具で遊び続けてるペルセに視線を向ける。
やだ。
まだ、離れたくない。
あの、可愛くて、真っ直ぐで、手間のかかるいい子を。
でも、実の母の元に行かせるのが、いいに決まっている。
自分の元で、縛るべきではない。
「…ペルセちゃんの、ことですか?」
ハイーラは恐る恐る尋ねる。
できれば、違っていてほしい。でも、その願いは、無情にも打ち砕かれた。
「えぇ。ペルセちゃんについて…」
やめて。
聞きたくない。
でも、耳を塞いだところで、意味がない。
これは、そういう通話だ。
便利な手段だが、今回に限っては、疎ましい。
「私の直属の上司・デメナ様が、『サトゥニアの悪魔』ではなく『一人の母』として、『ペルセちゃんの保護者』であるハイーラさんとお話をされたい、とのことでしたわ」
ーーー保護者?
今、自分を保護者と言ったか。実の母が。
仮初めの世話役。それに過ぎない、自分に対して。
ハイーラは、呆然とした。あまりに、実感が湧かない。
「画面越しの通話を行いますが…可能なら、今から大丈夫でしょうか?」
画面越し。
直接会わなくていいとはいえ、ペルセの実母と話をする。
こんな緊張することがあるだろうか。
だがーーー
「…30分ください。準備します」
「分かりましたわ」
対応しない、という手はなかった。




