保護者の葛藤
夜中。
ご飯を食べてすぐ、鍛錬の疲れもあったのか、ペルセは寝てしまった。
明日朝、シャワーを浴びてもらわないといけない。ベッドで眠るペルセの顔に、ハイーラはそっと手を添えた。
「…私たちの役割も、おしまいかしらね」
ハイーラは独り言のように、小さく呟く。当然、返事はない。誰にも、聞かれていないのだから。
ハイーラは静かに踵を返し、寝室を出た。
ハイーラは廊下を歩く。
静かな空間に、足音だけが響いていた。
ーーー自分たちはあくまでも、暫定的な保護者。
血の繋がりはない。困っている子供がいたから、世話を焼いた。ただ、それだけのはずだった。
でも、ペルセはもう、本当の家族と再会できた。あの子を、誰よりも愛している両親と。
すなわちーーー自分達がペルセの保護者をやる理由も、もうない、ということだ。
「…はぁ…」
気づいた時には、リビングに到着していた。
先程まで、三人で囲み、お祝いのすき焼きを食べていた机。笑い声の絶えなかった空間。
今ではすっかり、ただの木の机に戻っている。
ハイーラは、深くため息をつきながら、椅子に腰かけた。
いつか、こんな日が来るとは覚悟していた。
ペルセが、本当の親元へ旅立つ日。別れの日を。
だからこそ、ペルセが親と会うときには、一言伝えるように約束したのに。まさか、向こうからやってくるとは思わなかった。
静かな空間。椅子の軋む音だけが聞こえる。
胸から熱いものがこみ上げてくる。油断すると、我慢ができなくなりそうだ。
「…うぅっ…」
目頭を押さえる。こうしなければ、耐えきれない。
直感的に、そう感じた。
こんなに、寂しい。こんなにも、離したくない、と思ってしまう。
めでたいことのはずなのに。ペルセを、あの可愛い子供を。自分の元に引き留めたくなってしまう。
「…電気もつけずに何やってるの〜?」
いきなり、部屋が明るくなる。
ハイーラは驚き、声の聞こえる方へ視線を向ける。
そこには、シャワーから戻った呆れ顔のマールが立っていた。
まだ、長い髪が濡れている。ドライヤーすら使わない相変わらずのズボラさに、何だか安心すら覚える。
「…何でもないわ。ちょっと、ね」
「ペルセのことでしょ〜?」
ーーーやはり、見抜かれている。
普段は雑なのに、こういう時にだけ妙に鋭い。そんなマールの前で、隠し事はできない。
ハイーラは自嘲気味に、静かに笑った。
「あの子…両親に会ったのよね?」
「そうみたいだね〜」
マールはタオルで髪を雑に拭きながら、ハイーラの質問に答える。さして興味はなさそうだが、それが逆に、今のハイーラにはありがたかった。
「そうなるとさ…私達の保護者としての役目も、終わりじゃない?」
その言葉に、マールの動きが止まる。
ハイーラがマールの方へ視線を向けるも、タオルに隠れてその表情は見えなかった。
ただしーーータオルの向こう側で、大きくため息をついたのだけは、聞こえてきた。
「…あのさ〜…私が、身内に虐げられてきたことを知ってて、そんなこと言ってる〜?」
マールは、呆れてるような様子だ。
無論、知らないはずがない。むしろ、知ったうえで、バルディやキュエル家等、周りを大きく動かしてまで清算したのだ。
マールはそのままこちらにゆっくりと近づいてくる。
マールに、見下ろされる。全く怖くはないし、普段通りの光景だ。だが、不思議と背筋が伸びる。
「…私の知るあなたは、それだけことで身を引く悪魔ではなかったと思うよ〜?」
マールのその言葉と同時に、彼女の髪から水滴が垂れ、ハイーラの頬に落ちた。




