40話
王家専用の隠し通路を走る音が、廊下に響き渡る。
(待って、レオナード様……!)
スカートの裾をつかみ、全力で走る。薄暗い石造りの廊下は冷たく、照らすのは壁にかけられた数少ない蝋燭の灯りだけ。壁に浮かび上がる揺れる影が、不安を煽るようだった。
(大丈夫、レオナード様がいるから……)
そう自分に言い聞かせ、前へ進む。
しばらく走ると、開いた扉が見えた。
(あそこ……!)
扉はわずかに開かれ、そこから薄暗い光が漏れている。
私は息を整えつつ、慎重に近づいた。そっと廊下の隅から中を覗くと、そこは倉庫のような場所だった。
(これは……)
一瞬で分かった。壁一面に並べられた武器や防具。剣、槍、斧、盾、どれも丁寧に手入れされ、光を反射して輝いている。この部屋に溢れる金属の匂いが、湿気と混ざり合い、鼻についた。
(これが……王と王子が隠していた武器……!)
すぐに気づいた。これらはすべて、王が隣国の革命軍に密輸していた武器そのものだ。ここにこんなに揃っているなんて。視線を奥へ向けると、人影が見えた。
(レオナード様……! そして、王子……!)
部屋の中央で、レオナード様と王子が向かい合っていた。
二人とも剣を手にしている。レオナード様の背後には、数人の騎士団の団員たちがいて、彼らも王子を囲むようにして剣を構えていた。
(ここで止まっていられるわけがない)
私は扉を開け、倉庫の中に足を踏み入れる。金属の冷たい匂いと湿っぽい空気が肌にまとわりつくようで、心地のいいものではなかった。
「セシリア様、危険です! ここに入っては」
騎士の一人が声をかけたが、私は無言で手をかざした。
「大丈夫です」
静かにそう言うと、彼は一瞬驚いた顔をしたが、やがて無言でうなずいた。
(ここで、最後まで見届けなければならない)
レオナード様の剣が静かに王子に向けられたままだった。
「王子、剣を捨ててください」
レオナード様の声は冷静で鋭い。だが、王子は顔を赤くしながら大声を張り上げた。
「レオナード……お前は分かっていないのか!? 王子に剣を向けることが、どういう意味か分かっているのか!」
「………先に剣を向けたのは、あなたの方です」
レオナード様は静かに、だが力強く言い放った。
「どういうことだ……」
興奮状態の王子の顔が一瞬、驚きの色に変わった。
「数年前の物資の輸送……あれは革命軍への武器の密輸だった。 まあ、それは王の命令だったかもしれませんが」
レオナード様が、じっと王子を見据える。
「その時、隠密に行動する為、我々を軽装備にして盗賊を仕向けたのは、あなたですよね?」
「……!!」
王子の瞳が見開かれる。
「あなたがやったことは、すべて把握済みです。あの日の戦闘が偶然ではないことも」
言い返す言葉もない王子は、歯を食いしばり、やがて口を開いた。
「ふん……なんだ、分かってるなら何だって言うんだ」
彼は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「貴様らが何を言おうと、俺は王子だ。王の次は俺がこの国の王になるんだ」
その傲慢な態度は、変わらなかった。王子は、ふとこちらを見た。
「お前もだ、セシリア」
彼は、私を指差して言った。
「お前は聖女として俺の道具だったんだよ。あの頃は俺の命令一つで動いていたじゃないか」
その言葉に、場の空気が一変した。
「道具だと……?」
レオナード様が私以上に王子へ怒りを露わにしてくれている。
「俺は聖女を使って、国の安定を保ってきたんだ。何が悪い?王子として当然の行いをしたのだ!それに、本当は俺との婚約破棄がショックで抜け出したんだろ?」
堂々とした王子の言葉に、周囲の騎士たちの表情がこわばった。
「お前……」
レオナード様の瞳が鋭さを増した。
「婚約破棄を告げた時のお前の顔、ほんとうに傑作だったよ。だから意地を張って大聖堂から逃げた!そうだろ?!」
今この状況への焦りと怒りを私にぶつけるしか、精神を保てないのだろう。
「ほら、戻ってこいよ、セシリア。愛人にしようと思ってたが、しっかり正妻にしてやるよ。だから、お前から国民に、」
「……お前は、何も分かっていない」
レオナード様が一歩前に出た。
「セシリア様は道具じゃないし、そして、お前のものではない」
その声は、はっきりと静かな怒りを滲ませていた。王子は一歩後ずさり、目を泳がせた。
「こんなところで死んでたまるか!!」
王子は、咄嗟に部屋の奥へと駆け出した。
「逃げるつもりか!」
騎士の一人が叫んだが、王子は棚に置かれた剣の柄を手で乱暴に引き倒した。
「邪魔だ! 俺に触るな!」
剣が棚から次々と落ち、槍や斧が床に散乱する。金属がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響いた。
「くそっ、邪魔だ……どけっ!」
武器が次々に倒れて道を塞ぎ、騎士たちの前進を阻むような形になる。
「おのれ……!」
騎士たちが声を上げる。
その時だった。鎧が並べられていた棚が、ガラガラと音を立てて揺れた。
(え……?)
次の瞬間。大きな音を立てて鎧が倒れ、王子の真上に落ちた。




