39話
フィオルド公爵が、会場の中心に立つ支配者のような存在感を放っていた。彼の表情は、まるで舞台の大役を演じる役者のように堂々とし、彼の声は一つ一つが剣のように鋭く、的確に観客たちの心を切り裂いていく。
「皆様、ここにもう一つ重要な手紙がございます」
彼が片手を上げると、先ほどと同じ黒いスーツを着た部下が、再び手紙の束を公爵の手に渡した。手紙を受け取った公爵は、それをゆっくりと見せつけながら、会場を見渡した。
「こちらは、我が国の王とある貴族が交わした手紙です」
公爵がその言葉を口にした瞬間、王の顔が青ざめた。
「フィオルド! やめろと言っている!」
王は大声を張り上げ、席から立ち上がろうとするが、すぐに隣国の兵士たちが立ちはだかる。
「お下がりください、王」
兵士たちは冷たく命じた。
「何をする!? 俺はこの国の王だぞ!」
王は怒り狂い、足を踏み鳴らしたが、その声はもはや虚しく響くだけだった。私は、静かにその様子を見つめていた。
(彼らが行ってきたことが、ようやく報いを受けようとしている)
フィオルド公爵は、手紙を一枚一枚めくりながら、あえてゆっくりとした口調で語り始めた。
「さて、ここには、何が書かれているのか。皆様、気になりますよね?」
観衆の視線が彼に集中する。誰もが、“何かが暴かれる”という期待と不安に飲まれていた。
「この手紙には、こんな一文があります」
公爵は一枚の手紙を高く掲げた。
「『騎士団と聖女を革命軍に貸し出し、隣国の内乱に介入する』」
彼の言葉が放たれた瞬間、場内が凍りついた。
「え……?」
「ま、待て。それはどういう意味だ?」
「聖女を……貸し出す?」
貴族たちは口々に言い合い、次第に疑惑の目が王に向けられていった。
「そう、王は聖女を駒の一つとしか見ていなかった。国のために尽くすはずの聖女を、革命軍との取引材料にしたのです!」
その言葉に、観衆の顔色が一気に変わった。
「な、な……!」
「他国の革命軍に売ったのか……?」
「王が……なんという事だ!?」
ざわつきは怒声に変わり、会場内は混乱し始めた。
「うそだ! そ、それは嘘だ!!」
王が必死に叫ぶが、その声はもう誰の耳にも届いていなかった。
「続けますね、皆様」
フィオルド公爵は、冷酷な笑みを浮かべ、手紙の内容をさらに明かし始めた。
「この取引の中で、王は隣国の革命軍に武器の提供を行う代わりに、莫大な報酬を受け取っていました」
彼の声は、貴族たちの耳に鋭く突き刺さった。
「この武器の供給は王の命令により、密かに行われていました。そして、これから騎士団や聖女様までも、革命軍の『武器』になろうとしていたのです」
その言葉に、隣国の王が口を開く。
「貴様……その武器が、どれほどの被害をもたらしたか……分かっているのか……?」
その低く冷たい声に、誰もが背筋を凍らせた。
「この数年で、我が国の民がどれほどの犠牲を払ったか……」
隣国の王は、手紙を握りつぶすようにくしゃりと音を立てた。
「その武器の供給源がお前の国だったと?」
彼の視線が、まるで刃のように王を射抜く。
「い、いや……違う! それは……フィオルドの捏造だ!!」
王は必死に叫んだが、その必死さがかえって焦りを露呈していた。フィオルド公爵は、冷笑を浮かべながら、ゆっくりと王に近づいていく。彼の耳元にだけ聞こえる声で囁いた。
「お前の傲慢さが生んだ当然の報いだ。お前の父とよく似た顔が歪んだ所を見ることができて……私は嬉しいよ」
その言葉を聞いた瞬間、王の表情が、まるで崩れ落ちるように変わった。
彼の目は虚ろになり、足が震え、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「……そ、そんな……」
王がうわ言のように何かを呟いているが、もはや誰も彼の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
「さあ、どうされますか? 王よ」
公爵は、彼を見下ろしながら、冷笑を浮かべた。
「お前の代わりはいくらでもいる。それは王も同じだ」
その言葉は、かつての王様や王子が聖女に対して浴びせた言葉そのままだった。私の胸に、これまでの苦しみが蘇るが、今は違う。
「あなたの時代は今ここで終わった」
フィオルド公爵が王に対して最後の一言を放った瞬間、会場に静寂が訪れた。誰もがその光景を、歴史の転換点を見届けていた。
会場に重い静寂が降りた。すべてが終わった。いや、暴君の時代が終わった。
王は、その場に崩れ落ち、虚ろな目で何かをつぶやるが、もはや誰も彼に耳を貸そうとはしなかった。
(これで……終わった)
私の胸の奥に、言葉では表せない安堵が押し寄せてく視線をレオナード様へ向けると、彼もこちらを見ていた。
ふわりと、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
それを見た瞬間、今まで張り詰めていたものが一気に解けるような気がした。
(もう、私は道具じゃない)
私は、静かに胸に手を当てた。その時だった。
「くそっ……!」
大きな叫び声が響き渡った。
「……!」
思わずそちらを振り返ると、王子が顔を真っ赤にして玉座から立ち上がっていた。目は血走り、汗が額から流れ落ちている。彼は、辺りを見渡し、何かを必死に探しているようだった。
「……くそ……」
彼は、ついに視線を玉座の後ろにある小さな扉に向けた。
(あれは……!)
『王家専用の隠し通路』だ。私がここにいた頃も、あの扉のことは聞かされていた。
「……!」
王子は何も言わず、ダッと走り出した。
(……逃げるつもりだ!)
「待て!」
大きな声が響き渡る。誰よりも早く反応したのはレオナード様だった。彼はすぐに王子を追いかけ、彼の背を目指して疾風のように駆け出した。王子は驚き、振り返りざまに怒鳴る。
「来るな! 俺に近づくな!」
だが、レオナード様は何も言わず、ただその背を追い続けた。
「セシリア様」
ふいに、隣から声がした。フィオルド公爵だった。
「君も行きなさい」
彼は私の方を見ず、ただ前を見つめたまま言った。
「レオナード騎士団長は、君のために戦っている。だったら、君も最後まで見届けるべきだ」
彼はそう言うと、ちらりとだけ私の方を見た。その目には、優しさと、ほんの少しの悲しみが宿っているように見えた。
(……行かなきゃ)
私は、ぎゅっと胸の前で手を握り、彼に背中を押されるように走り出した。
(今度こそ、自分の意志で動く)
会場の中は、貴族たちのざわめきと、隣国の王が王を見下ろす光景に埋め尽くされていた。人がごった返している。
(でも……)
不思議なことに、誰も私を邪魔しなかった。まるで、皆が道を空けてくれているかのように、私の進む道が自然と出来ていた。
会場の出口が目に見えた瞬間、私はスカートの裾を両手でつかみ、さらに加速した。




