41話
王子の悲鳴が部屋中に響き渡った。倒れた鎧の下から、王子の足が見えている。
「……う、うぐ……」
彼は、足を押さえたまま呻いていた。鎧の重さに潰された足は、立てるはずがなかった。
「……これが、王子の末路か」
1人の騎士の声が、静かに響いた。部屋の中は、ただ静まり返っていた。他の騎士も、安堵の息を吐いた。
「王子は……もはや、ここまでだな」
その声を聞き、私は小さく息を吐いた。倒れた甲冑の下から、騎士たちが王子を引きずり出していく。
「……ぐっ、痛い……痛い……!」
王子の顔は汗でぐっしょりと濡れ、目は恐怖に見開かれている。かつての傲慢な表情はどこにもなく、ただ怯えた男がそこにいた。
「お腹が……ああ、ああ……」
彼の腹部に滲んだ血が、衣服をじわじわと染めていた。鋭い鎧の突起が彼の腹を貫いていたのだろう。
レオナード様が、静かに彼を見下ろしている。 その表情は、憐れみでも、怒りでもない。 ただ、静かな瞳だった。
(彼は何を思っているのだろう……?)
レオナード様はその場から動かず、剣を収めてただ王子を見下ろしている。王子は目を動かし、必死に視線をあちこちへ動かしていた。
「……レオナード、助けろ……お前、俺を助ける義務があるだろう……!お前は、王家に仕える騎士だろうが……!」
彼は手を這わせるようにして、レオナード様の方へ手を伸ばしたが、レオナード様は微動だにしなかった。
「……誰か、俺を助けろ……助けろ……!誰かぁ……!」
彼の悲痛な叫びが、倉庫内に響き渡る。その瞬間、彼の目が私に向けられた。
「……セシリア……!セシリア!お前だ……!」
その声を聞いた瞬間、心臓が冷たくなったような感覚があった。
「セシリア、助けてくれ……お前なら……お前なら治せるだろう?お前は聖女だ……お前は、俺を助けるんだ……」
彼は、必死に手を伸ばし、血に染まったその手が、私に向かって伸びてきた。
私の頭に、これまでの出来事が鮮明に蘇っていく。
『聖女なら、当然だろ?』
王子の冷たい声が頭の中に響く。
『俺の婚約者として、国のために働くのは当然のことだろう?』
望まぬ婚約を押し付けられた日。
『お前はもういらない。だから、さっさと消えろよ』
婚約を一方的に破棄された日。
『お前は道具なんだよ』
彼がそう言い放った言葉が、胸の奥に突き刺さって離れない。
(……私は、彼に何を求めているのだろう?)
彼を見下ろしながら、私は静かに考えた。だが、私の胸には不思議と恐れはなかった。
(私は……)
一つ、深呼吸をした。
(私は、聖女だ)
決意が定まった。
「……」
私は彼に近づいた。 騎士たちは何かを言おうとしたが、私は手を上げて静止した。
「セシリア様……」
レオナード様の声が聞こえたが、私は彼の方を見ず、ただ王子の前に跪いた。
「……良かった……セシリア……お前は、やっぱり俺の『聖女』だ」
王子の笑みは、子供のような安心感に満ちていた。 私は、彼の傷口に手を当てた。
手のひらが温かくなり、優しい光が王子の腹部を包み込む。 その光が彼の傷を癒していく。 貫かれた傷がゆっくりと閉じていく様子が目に見えて分かる。
「……あ、ああ……助かった……」
王子の目は、救われた者の目だった。
「お前は、俺の……やっぱり俺のものだ……」
彼は、微笑んだ。安心しきった顔をしていた。そんな彼に目を向け私は最後の言葉を伝える。
「……時に、生きるということは、死よりも残酷なものです」
「……?」
王子の笑顔が、徐々に曇っていく。けれど、私は『聖女らしく』彼に言葉を贈る。
「あなたは、これからも健康に生き続けてください」
私は、彼を見つめた。 その瞳には、もうかつての全てを見下し、自分こそが1番の権力者だという傲慢さは無かった。
「これからの長い人生を、幽閉されながら、自分の罪と向き合い続けなさい」
彼の顔が、みるみる青ざめていく。
「……え……?」
「あなたの行いは、すべて暴かれました。 もう、あなたが戻る場所は、この城のどこにもありません」
王子は、目を大きく見開いたまま、何も言えなくなった。
「……や、やめろ……」
力なく、彼は呟く。
「お前は、聖女だろう? 俺を、俺を見捨てるのか? 俺を救ったんだろ!? それは、俺を助けるためだったんだろ!?」
彼は必死に喚いた。 だが、その声は、もはや誰にも届いていない。
「私が助けたのは、あなたを生かし、罪を償わせるためです」
私の言葉が、彼にとどめを刺したように、彼の身体から力が抜けた。
「……そ、そんな……」
放心状態の王子が、ただ虚空を見つめている。 彼の目は、すでに何も映していなかった。
「これで……終わりです」
私は立ち上がった。 レオナード様が私の隣に立ち、静かに私を見守ってくれているのを感じた。
「セシリア様」
その声が、優しく響いた。
「あなたは……本当に、強い人ですね」
彼の言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。それと同時に、涙が溢れ出た。
(……ありがとう、レオナード様)
私は彼に向けて、微笑んだ。 倉庫の金属の冷たい匂いが、どこか遠くに感じられた。




