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37話

 (今日のパーティは、これまでで一番の成果を得られる日になるだろう)


久しぶりに他国の王族たちを招いての大規模なパーティが開催された。名目は『新しい聖女のお披露目』だ。正直、セシリアが生きていようが死んでいようがどうでもいい。


大事なのは、国民の不満を和らげ、他国に対して『我が国の安泰(あんたい)』を示すこと。『聖女がいる』という事実が、国の力を象徴する。その象徴がいなくなったのなら、


(作ればいい、だけの話だ)


俺の隣には、聖女の服を身にまとった女が立っている。

貧しい家の出身で、かつては神官見習いをしていた娘だ。


見た目はそこそこ整っており、何より『聖女らしさ』を装いやすい清楚な顔立ちをしている。


(見た目は問題なし。扱いやすそうだしな)


従順で、指示を出せば黙って頷く。セシリアのように妙なマネはしなさそうだし、無駄なことも言わない。


(セシリアと違って、手間がかからないのは助かるな)


俺は彼女を一瞥した後、父の方を見た。父は満足げな顔をしている。今回の作戦がうまくいっているからだろう。セシリアがいなくなった後の父親を思い出す。


『聖女は国の宝だぞ! お前は何をしている!』

『すぐに見つけ出せ!』


うるさい父の怒鳴り声に何度も頭を下げさせられた。だが、今ではどうだ?代案を受け入れた途端、まるで別人のように機嫌が良くなった。まったく単純な男だ。


ちらりと会場を見渡せば、他国の王族たちが談笑し、酒を酌み交わしている。彼らは聖女の再臨を『奇跡だ』と讃えてくれている。


口々に「おめでとうございます」とか「素晴らしい」とか持ち上げる言葉を並べてくる。悪い気はしなかった。


(そうだ、もっと褒めろ。俺が選んだ『聖女』をな)


俺の中に湧き上がるのは、満足感と優越感。セシリアがいなくても、いや、セシリアがいなくなったからこそ、俺がこうして讃えられているのだ。


(俺は、何一つ間違っていない)


新しい聖女は、終始にこやかな笑みを浮かべていた。大人しくしていればいいんだ。


(やはり、最初から従順な聖女を選ぶべきだったのだ)


ふと、会場の隅に視線を向ける。そこには、騎士団が警備のために配置されている。無駄に優秀なレオナードの姿もあった。彼は剣を腰に構え、いつも通り静かに見張りをしていた。


(……なんだ、その令嬢たちは)


会場の中央にいる令嬢たちが、レオナードに視線を送っている。声をかけるか迷っているのが一目で分かる。またか……。彼女たちが噂している言葉が、耳に入ってくる。


「やっぱり、レオナード騎士団長様ってかっこいいわ」

「一度でいいから、ダンスを申し込みたいわね」


(……気に食わない)


俺の周りの令嬢たちが、俺ではなくレオナードを見ている。昔からずっとそうだ。俺の言葉を聞くよりも、あいつに視線を送る奴の方が多かった。


(まぁいい。今日だけは、見逃してやる)


今日は大事な日だ。新たな聖女のお披露目の日。俺の完璧な作戦の成果を見せつける日だ。ふと、脳裏にセシリアの姿が浮かぶ。


(そんなに俺と結婚したかったからって、逃げ出す奴がいるかよ…)


俺はため息をつく。あいつが普通に俺の言うことを聞いていれば、こんな事にはならなかった。


(代わりなんていくらでもいるんだよ、セシリア)


心の中で嘲笑いながら、杯を傾ける。


(まぁ、万が一見つけたら、)


俺は目を細め、にやりと笑う。


(容赦しない。連れ戻して、きっちりと"物の価値"を教えてやる。セシリア……お前は、俺の"道具"なんだよ)


そんなことを考えていると、どこからか一人の男が近づいてきた。

フィオルド公爵だ。彼は不敵な笑みを浮かべながら、こちらに近づいてきた。


「やぁ、王子殿下。祝宴はお楽しみいただいているかな?」


にこやかに問いかけてくるその顔に、なぜか一瞬の不安がよぎった。


(なんだ……なんだ、この胸のざわつきは。いや、気のせいだ。今日のパーティは俺が勝つ日だ)


そう自分に言い聞かせ、俺は彼に満面の笑みを向けた。


「もちろんだとも、公爵殿」


(今日が、『最高の日』になることは、間違いないのだからな)


 フィオルド公爵が俺から離れ、ホールの中心へと進み出た。突然の行動に、会場中の視線が一気に彼へと向けられる。


(……何をするつもりだ?)


貴族の格式を重んじるあの公爵が、人前で目立つような真似をするのは珍しい。王である父も、明らかに驚いた表情をしていた。


「皆様!」


公爵が大きな声をあげた。


「お集まりいただき、誠にありがとうございます!」


その声は、ホール全体に響き渡るほど大きく、貴族たちも他国の王族たちもつい動きを止めて彼の言葉に耳を傾けた。


(何を言い出すつもりだ、あの男は)


俺は不審な気配を感じ取り、すぐに周囲を見渡した。レオナードの姿は、相変わらず壁際で動かずに立っている。だが、あいつは『様子を伺う目』をしていた。


(……何か企んでいるのか?)


フィオルド公爵がこのタイミングで出しゃばる理由はなんだ?


「この度、新たな聖女が誕生いたしましたが……」


公爵の言葉に、横に立つ新しい聖女がビクリと肩を震わせた。その隣にいた俺も、胸が少しざわつく。


(何を言っている? ここでその話をする意味はないだろう)


だが、次の一言で、そのざわつきは一気に冷たい波となって押し寄せてきた。


「……本当に、そうなんでしょうか?」


(……は?)


俺だけではなく、貴族たちも、他国の王族たちも、何を言っているのか分からないといった様子で、ざわつき始めた。父も同じだった。


「フィオルド! 何を言っている!」


王が厳しい声をあげた。


「新しい聖女の誕生は、すでに公表されている事実だ! 余計な口を挟むな!」


激高した父は、すぐに近くに控えていた騎士団員に指示を飛ばした。


「公爵を下げさせろ! すぐにだ!」


だが、騎士団は動かなかった。まるでその指示が『聞こえなかった』かのように、誰一人動こうとしない。


(……何をしている? 早く捕えろ!)


父は、次々に騎士たちへと視線を送るが、彼らは皆、黙ったまま立ち尽くしている。


(何だ……何が起きている?)

 

「皆様、落ち着いてください」


公爵はあくまで悠然とした態度を崩さない。


「どうやら、国民や他国の皆様にお伝えしなければならない真実が、まだ残っているようですから」


その言葉に、会場のざわつきが一気に大きくなる。


(真実……? 何を言っている……?)


次の瞬間、公爵の視線が会場の入り口を向いた。


「この度は新たな聖女が誕生しためでたい日ではあるます。その聖女を目にするため、こんなにも多くの方がいらっしゃった」


わざとらしく会場全体を見渡して両手を広げながら訴えかける。


「聖女セシリア様がいらっしゃらなくなってから、皆様も大変不安に思っていたでしょう。新たな聖女が生まれたということは、セシリア様はもうこの世には居ないということ……」


公爵は声のトーンを少しだけ下げて、だが、確実に響くように言った。


「では、なぜ、聖女であるセシリア様がここにいらっしゃるのでしょうか?」


(……何を言っている?……セシリアが、いる?)


意味が分からず、脳が理解するまでに数秒かかった。


視線は一斉に扉の方へと向けられた。会場中の貴族たちの会話が止まり、静寂が降りた。開いている扉の向こうに立っていたのは、白い聖女の服をまとい、長い髪を背に流した、聖女の証であるベールを身にまとった女性。


誰よりも気品があり、凛とした立ち姿。まごうことなき『本物の聖女』。


俺は目を見開き、言葉を失った。


(……ありえない)

(……なぜ……)

(なぜ、そこに!?)


「セ……セシリア……?」


信じられなかった。


何ヶ月も捜索しても見つからなかった、どれだけ金を使っても見つけられなかった聖女が、なぜ今、ここにいる。


「どうして……お前がここにいる……?」


声がかすれ、無意識にその言葉が口をついて出た。セシリアは俺を見ていない。彼女の視線は、俺ではなく、王に向けられていた。その目は、静かでありながらも、明確な意志の強さを感じさせた。


(……くそっ、なぜだ!)


俺は心の中で叫んだ。


(なぜだ……! どうして、ここにいる!?)

(誰が連れてきた!?)


騎士たちが動いていないのは、おかしい。この状況そのものが何かの罠だと気づいたのは、もう少しあとだった。


(公爵だ……!)


視線を公爵に向けると、彼はにやりと口角を吊り上げ、楽しそうに微笑んでいた。


「どうした? 王子殿下」


彼は、軽い調子で言った。


「祝宴の目玉は、これからだぞ」


その言葉に、全身が凍りついた。背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。セシリアは一歩、二歩と会場の中央へと進んでくる。その歩みは、堂々としたものだった。一度も視線を逸らさず、周囲のざわつきなど気にも留めず、ただ、まっすぐ進んできた。


その姿を、聖女だと認めない者はいない。俺は必死に言葉を探したが、何も出てこなかった。


(なぜ、なぜだ……!)

(俺の完璧な作戦が……!)

(どうして、ここにセシリアがいるんだ……!?)


誰かが声を上げた。


「あれは……! 本物の聖女様だ!」


その言葉が引き金となったように、会場が一気にざわめき出した。


『偽りの聖女』と並び立つ、『本物の聖女』。


その光景は、明らかに異常だった。

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