30話
リビングには、テーブルを挟んで向かい合う私とレオナード様。隣には、ようやく落ち着きを取り戻したエマがいる。ただ、先ほどまでの温かい空気とは一転、私の質問によって重たい静寂が漂っていた。
「……レオナード様」
私の声は自然と低くなっていた。
「エマの話はわかりました。それで、1つ気になる事があります」
「なんでしょう?」
「あなたは私の居場所を見つけることができたんですか?」
その問いかけに、レオナード様の動きが止まった。彼は静かに私の顔を見つめ、すぐに答えようとはしなかった。
(……やっぱり、何かあるんだ)
言いにくいことがある時の彼の表情は私にも分かる。少しだけ眉を下げ、考え込むような顔をするのだ。
「……『愛の力』だと言えれば良かったのですが…」
彼は小さく息を吐き、天井を見上げた。
「覚悟はしていました。セシリア様には、いずれ話さなければならないことだと」
ゆっくりと視線を私に戻し、彼はその鋭瞳で私をまっすぐに見据えた。
「私は、あなたが大聖堂を脱走したその日、すぐに捜索命令を受けました」
「……っ!」
思わず胸がドクンと跳ねた。
「あなたが出ていった大聖堂の裏口を最初に調べたのも、私です」
彼は一つ一つ、思い出すように話し始めた。
「脱走したのが裏口からだとすぐに分かりました。靴の跡、扉の状態、全てがはっきりと痕跡を残していましたから」
「……」
私は言葉を失った。確かにあの日、裏口から外へ出る時は必死で、痕跡など考えられていなかった。
「馬車で大聖堂を出たことも、すぐに突き止めました」
彼の言葉は、ひどく冷静で、淡々と続いていく。
「その馬車が通った道筋を追えば、すぐにあなたに追いつけたでしょう。もし私が本気で追跡していれば、数時間もかからずにあなたを見つけていました」
私の胸に、疑問が湧き上がる。
「でも、あなたは追ってこなかった」
じっと彼を見つめると、彼は小さく頷いた。
「ええ、すぐに追いませんでした」
レオナード様は、拳をぎゅっと握りしめた。
「あなたが通った道筋の痕跡を」
彼はそこで一度、言葉を止めた。
「……私が、全て消しました」
「っ!」
驚きのあまり、心臓が大きく跳ねた。
「どういうこと、ですか……?」
「靴跡、車輪の跡、馬車の通った痕跡……全部、消しました」
レオナード様の声は冷静だったが、その瞳の奥には確かな覚悟が宿っていた。
「もし私がその場で追いかけていれば、他の追手もすぐに気づいて、同じルートを追いかけてきたでしょう。だから、私はあらゆる証拠を消しながら行動しました」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、すべてが繋がった気がした。
「あなたが私の追跡を妨害していた、ってことですか?」
「はい。セシリア様の足取りが他の者たちにバレないように」
静寂がリビングに戻った。エマもじっとこちらを見つめている。
「なぜ……あなたがそこまでする必要があったんですか?」
思わず問いかけてしまう。
「セシリア様が自由を望んだからです」
一瞬、言葉を失った。
「……それが理由、ですか?」
彼は迷いなく答えた。
「あなたは『自由に生きたい』と望んだから。私はその手助けをすることにしました」
彼の言葉は簡潔で、それが逆に胸を強く打った。私ために、彼はここまでしてくれたのか? それほどまでに、私の自由を大切に思ってくれていたのか。
彼がそこまでしていたなんて、まるで想像もしていなかった。レオナード様は苦笑いを浮かべたが、どこか自嘲気味だった。
「……さっき公爵が言った『反逆者』という言葉は、あながち間違いではないでしょう」
「……レオナード様……」
胸の奥が苦しくなった。私が自由を望んだせいで、彼は『反逆者』とまで呼ばれる立場になったのだ。
「……私のせい、です」
声が震えてしまう。すると彼は、すぐに私をまっすぐ見据えた。彼は、はっきりと断言した。
「違います。あなたのせいではありません。私が、自分の意思で選んだことです」
その言葉が、まるで剣のように鋭く、私の心を貫いた。
「……私は、自分が守りたいものを守る。それだけです」
彼は鋭い目つきのまま、私を見つめ続けた。
「それが『反逆者』と呼ばれる理由なら、私は喜んでその汚名を受け入れましょう」
彼の言葉の一つ一つが、胸の奥に染み渡っていく。
(この人は……本当に、どこまで強い人なんだろう)
私の視線を受け止めながら、彼は静かに微笑んだ。その微笑みは、これまでの彼のどの表情よりも、温かいものだった。心が温かさでいっぱいになった。
「……ありがとうございます」
自然に言葉がこぼれた。
「私は……レオナード様に出会えて、本当に良かったです」
彼の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「セシリア様、私も同じ気持ちです」
彼はそう言って、目を細めた。外から、静かな風の音が聞こえてくる。窓の向こうには、穏やかな朝日が上り始めていた。




