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29話

 「え……?」


エマの目が大きく見開かれた。そして彼女は俯き、口元を手で押さえたかと思うと、ワンワンと泣き出した。


「ご、ごめんなさいぃ……!」


エマの涙がポタポタとテーブルに落ちる。彼女がこんなにも取り乱す姿を初めて見た。


「エマ……」


私は彼女の背中をそっとさすりながら、レオナード様を睨んだ。


「どうしてエマを疑うんですか?」


問い詰めるような声が出た。けれど、レオナード様はすぐに答えず、気まずそうに視線を逸らした。


「……疑っているわけではありません」

「なら、どうしてそんなことを……!」


彼の視線が、真っ直ぐ私を捉えた。


「君がセシリア様の居場所を突き止めたという事実があるのなら、他の誰かにも居場所を突き止められる可能性がある。それが理由だ」

「……!」


言葉を失った。


「だから、君の行動を調べさせてもらった」


その言葉に、私もエマも驚きを隠せなかった。レオナード様の言葉を補足する様にリード様が静かに口を開いた。


「セシリア様が大聖堂から抜け出した数か月後に、エマさんが情報ギルドと会っていることを突き止めました」

「え……?」


思わず、エマを見た。彼女は手で顔を隠したまま、ガタガタと震えていた。口調はそのままで、リード様は続ける。


「ですが、会った理由までは分かりませんでした。エマさん、どうして情報ギルドと接触したのですか?」


リード様の口調は、レオナード様よりも優しかった。


(どうして……エマが……?)


私の心は揺れていた。エマが、なぜ?


「……」


彼女は言葉を詰まらせたまま、ずっと震えていた。


「エマ」


私が彼女の名前を呼ぶと、彼女の肩がピクリと跳ねた。


「……私……」


小さな声が、彼女の口からこぼれた。


「私……どうしても、セシリア様に会いたかったんです……!」


エマが勢いよく顔を上げた。大粒の涙がその頬を流れ落ちていく。彼女は泣きながら、ポツポツと語り始めた。


「それで……それで、いろんな人に聞いて回ったんです……。でも、誰も教えてくれなくて……その時、情報ギルドの噂を聞いたんです」


私は息をのんだ。


「『あの情報ギルドなら何でも知ってる』って聞いたんです……! 頼ってしまったんです……!」


(……そこまで……)


彼女の想いは、私の想像を遥かに超えていた。


「でも、私……! あんな人たちだなんて知らなくて……!」


彼女は震える声で言いながら、顔を両手で隠した。


「私……ただ、セシリア様に会いたかっただけなんです……!」


私は彼女の手をそっと握り、力を込めた。


「……エマ、こっちを見て」


エマは涙をこぼしながら、私を見上げた。


「私のために、そんな危険なことをして……怖かったわよね……ごめんなさい」


その言葉に、エマの目がさらに潤んだ。


「セシリア様……っ」


彼女は再び泣き出したが、今度は少しだけ安堵が混じっていた。リビングには、彼女のすすり泣く声だけが響いていた。


その声を聞きながら、レオナード様は静かに息を吐いた。


「……なるほど」


彼の目は、まるで迷いが消えたかのように、すっきりとした光を宿していた。


「……情報ギルドとはどういうやり取りをしたんだ?」


レオナード様が再び問いかけた。彼の声は先ほどまでの厳しさが少し和らいでいたが、それでもまだ真剣な色が残っていた。エマは涙を拭いながら、鼻をすすった。


「……聖女様の居場所を突き止めてほしいって、お願いしました」

「それだけか?」


レオナード様の視線が鋭くなるが、エマは慌てて首を振った。


「はい! それだけです! でも……お金が足りなくて……」

「お金が足りなかった?」

「私の全財産を持っていったのに、足りなかったんです……!」


エマは拳をぎゅっと握りしめ、テーブルを見つめた。


「ほんと、最悪です……大聖堂で貯めたお給金、全部持っていかれました……」


彼女の声はどこか悔しそうだった。


(……エマ……)


その姿を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられた。どれだけ彼女が私のために動いてくれたのか、想像もできない。


「では、どうやって居場所を見つけたんですか?」


リード様が優しい声で尋ねる。


エマは「あ……」と声を漏らし、気まずそうに目を泳がせた。


「えっと……それは、その……」


彼女の様子が明らかにおかしくなった。


「……どうした?」


レオナード様の冷静な声が飛ぶと、エマは肩をビクッと震わせた。


「……あ、あのですね」


彼女は両手を膝に乗せ、もじもじと奇妙に体を揺らしながら口を開いた。


「その……セシリア様がいなくなった日、私、見回り当番だったんですけど……」

「見回り当番?」


リード様が不思議そうに首をかしげる。


「はい、大聖堂の夜の見回りです。でも、実は……見回り、サボってたんです」


エマが小さな声で告白すると、私もリード様も、レオナード様さえも目を見開いた。


「サボってた?」

「はい……だって、だって……」


エマは顔を赤くし、ますますもじもじし始めた。


「庭園に……猫ちゃんがいて……」

「猫……?」


リード様が不思議そうな顔をする。


「そうです! 小さな白い猫ちゃんがいて! すっごく可愛くて……撫でてたら見回りの時間が過ぎちゃって……!」


エマは自分の頬を押さえ、恥ずかしそうに顔を伏せた。私は驚きすぎて声が出なかった。隣のリード様も、しばらくポカンとした顔をしていたり


「で、でも、でもですね!」


彼女は慌てて声を張り上げた。


「その猫ちゃんが、見つけたんです! 小さな麻布の袋を!」

「麻布の袋?」


レオナード様が顔を上げ、エマの言葉に耳を傾ける。


「はい! その袋には、フランツ商会のロゴが入ってたんです! 見覚えがあったから、あれ?って思いました」

「フランツ商会……」


私は心当たりがあった。フランツさんが運営している商会だ。大聖堂にも物資を届けていたから、そのロゴは私も何度も見たことがあった。


「でも、前日にはその袋はなかったんです! それに、その日はフランツ商会が納品に来る日じゃなかったんですよ! なのに、その袋が落ちてたから……おかしいと思ったんです!その時は、袋だけを回収して、見回りに戻りました。」


また一呼吸おき、話を続ける。


「で、セシリア様の手紙を見つけました。セシリア様がいなくなった日にフランツ商会が来てたかもしれないって思ったわけです!!」


エマは興奮しながら説明を続ける。彼女の考察力は、私が思っていたよりもずっと高かった。その話を聞いたリード様も、驚いた表情を浮かべている。


「見回りをサボっていた結果、猫がフランツ商会のロゴ入りの袋を見つけてくれた、ということですね?」


「でも、フランツさんを疑いたくなくて、情報ギルドに依頼しに行ったら、全財産取られちゃったんです」


エマは自信満々に頷いた。


「もうフランツさんに聞くしかない!って、問い詰めたら、教えてくれたんです」


エマは少し得意気な顔をして胸を張った。


「『どうしてもセシリア様に会いたい!』って言ったら、連れていってくれるって!」


その言葉を聞き、レオナード様はふうっと息を吐いた。


「なるほど……そういうことか」


彼は静かに目を閉じ、何かを考えているようだった。


「でも、私、フランツさんにばっかり頼ってばかりで……」


エマの声がだんだん小さくなる。


「みんなに迷惑かけてばかりで……今日だって…」


彼女の目には、再び涙が浮かんでいた。エマが泣きそうになっているのを見て、私は彼女の手をぎゅっと握った。


「エマ、もう大丈夫よ」


エマは目を潤ませながら、こちらを見た。


「セシリア様の家で一緒に晩御飯を食べようとフランツさんと一緒に向かってたんです。そしたら……」


その言葉に、エマはぽろぽろと涙をこぼした。


「情報ギルドの人たちとばったり会ってしまったんです。私は、顔も知られてましたし、セシリア様を探していた事もバレていたので……」


彼女の涙がきつく握られた手に落ちる。


「情報ギルドの人に捕まってしまって、セシリア様との交渉に使うって言われました。きっとその時にフランツさんの頭を……」


彼女はしゃくり上げながら、私の手をぎゅっと握り返してきた。その光景を、レオナード様とリード様は静かに見守っていた。そして、レオナード様は一度だけ、短く息をついた。


「……疑ってすまなかった」


リード様がにっこりと微笑んだ。


「団長、素直ですね」

「うるさい」


レオナード様は少し不機嫌そうに顔を背けたが、彼の耳がほんの少し赤くなっているのを、私は見逃さなかった。リビングには、静かだけど確かな温かさが広がっていた。

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