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19話

 リビングに、賑やかな空気が流れていた。そんな中、エマが私の方へ改めて椅子を向け、真剣な表情で話し始める。


「セシリア様、よろしければ……また私を"付き人"にしてくださいませんか?」


エマが勢いよく私の手を握り、目を輝かせながら言った。


「付き人……?」

「はい! 私、もう神官見習いじゃありませんが、セシリア様のお世話をさせてください!」


エマの目はまるで期待に満ちた子どものようだったが、私は首を横に振った。


「……エマ、私はもう聖女ではないのです。付き人をつけるほど忙しくもないし、それに、レオナード様もいらっしゃるので……」


ちらりと視線を向けると、キッチンに立つレオナード様がなぜかピタリと動きを止めた。


「セ、セシリア様……!」


彼はかすかに口を開き、頬がほんのり赤くなった。


(……なんでそんなに嬉しそうなんですか)


「しかも、私自身のことは自分でできるように頑張っているんです。農園で野菜の収穫や魚釣りも挑戦しているんですよ」

「そうです、そうです」


なぜかレオナード様が誇らしげに胸を張り、まるで自分も一緒に過ごしていましたよ、とエマにアピールしている様子だった。さらにレオナード様がエマにお相打ちをかける。


「セシリア様は、買い物に行かれたり、薪を割ったり、料理だって振る舞って頂きました」

「えぇぇぇぇ!? なんですって!!?」


エマの目が驚愕に見開かれ、私をじっと見つめた。


「まさか、セシリア様の手料理が食べられる日が来るなんて……そんな貴重なイベントを、私も一緒にしたいです!」

「いや、イベントって、普通に生活していただけですよ……」


私の声はエマに届かない。彼女はなぜか感動した様子で頷いている。


「そんな……! そんな尊い瞬間を、私が見届けなくてどうするんですか!?」


私が困惑していると、フランツさんがテーブルから顔を上げ、深い溜息をついた。


「レオナード様の言う通りですよ。セシリア様は『普通の庶民』の暮らしをしてるんです。付き人がいたら、どう考えても怪しまれますよ」


フランツの言葉に、エマはぐっと口を噤んだ。


「ぐぬぬ……」


悔しそうに唇を噛む彼女の姿に、私も少し心が痛んだ。


(……エマも、大聖堂の生活が窮屈だったんだろうな)


大聖堂の生活を思い出す。あの場所は、王族や貴族の言いなりになるのが当たり前だった。命令があれば、どんな無茶でも『聖女の務め』として受け入れなければならなかった。


(……あそこは窮屈だった)


いつも監視され、心の余裕がなかった。エマだって、私と同じ気持ちを抱えていたのだろう。


「……エマ」

「は、はい!?」


「あなたがやりたいようにすればいいわ。無理に付き人にならなくても、ここにいるなら自由に過ごしていいのよ」

「……セシリア様……!」


エマの目が一気に潤んだ。


「うわぁぁん! やっぱりセシリア様は優しい……! わかりました、私、ここに住みます!」

「はぁ?!」


私よりも先にレオナード様が、大きな声を出した。また彼の新しい一面を見た気がする。


 その後、リビングは落ち着きを取り戻した。レオナード様とエマがモメるのをなんとかフランツさんが納めた。


「一緒に住むには部屋が足りないから、近くに空き家がないか探してみるよ」


それで、なんとかエマを落ち着けることができた。フランツさんが先ほどよりも疲労している様子。


レオナード様が作った朝食がテーブルに並べられ、湯気の立つスープや焼きたてのパンが心地よい香りを漂わせていた。美味しそうな食事を目の前に、レオナード様とエマも休戦といったところだろうか。


朝食を食べた後、エマは「セシリア様が作られた農園、見てきます!!」と庭先に行ってしまった。目を輝かせながらトマトを眺める彼女を窓越しに見つめ、彼女の愛らしさに笑みが溢れる。


「はぁ……疲れたぁ……」


フランツさんが椅子に座りながら目を閉じた。


「で、フランツ」


レオナード様が、コーヒーカップを手に持ちながら言った。


「なぜ、彼女をここへ連れてきた?」


その言葉に、フランツがぴくりと肩を揺らした。


「い、いや、実は……俺がセシリア様を連れ出したのなぜか彼女にバレてて……。それで『セシリア様の元へ連れて行け』って泣きながら頼まれたんですよ」


「それで連れてきたのか?」


レオナード様の声は冷ややかだ。フランツは視線を泳がせ、言い訳を考えている様子だった。


「ほら……惚れた弱みに付け込まれたんですよ、騎士団長様ならわかるでしょ?」

「……」


無言になるレオナード様。その沈黙の意味を悟った私は、彼の横顔を睨みつけた。


「レオナード様」

「……すみません」


彼が即座に謝罪したので、私もそれ以上は何も言わなかった。


「まあ、まあまあ。セシリア様が安心して生活出来ているなら何よりだ」


フランツさんは手を振り、冗談めかしたが、私の視線は鋭いままだった。



 朝食と食後のコーヒーが終わった頃、エマがふと立ち上がった。


「じゃあ、セシリア様! お皿を洗いますね!」

「え? いいわよ、あなたはゆっくりしてて」

「だめです! ここに来た以上、私も何かしないと!」


エマは元気よく、流し台へと向かった。彼女の背中を見て、自然と笑みがこぼれた。


(……これが、彼女が望んだ“自由”なのかもしれない)


大聖堂にいた頃のエマは、いつも忙しそうに動き回りながらも笑顔を見せていたけれど、きっと『作った笑顔』の時もあっただろう。けれど今の彼女は、間違いなく本物の笑顔だ。


ここでの生活が、彼女にとっても居心地のいい場所になるといいな。静かにそう思った。


レオナード様は自分の仕事を取られたのか少し不貞腐れながら、エマを見つめていた。


「……にぎやかになりましたね」

「そうですね」


私が同意すると、彼は少しだけ目を細めた。


「けれど、これで良いのかもしれません」


私の言葉に、彼も頷いてくれた。


今までずっと夢見ていた普通の生活。おいしいご飯があって、笑い声があって、そして、誰かと一緒にいられる。そんな日々が、ここにあった。


「さて、私も手伝います!」


私はエプロンを手に取り、エマの隣に並んだ。


「よーし、セシリア様と一緒にお皿洗いです! ふふ、幸せ!」


エマはにこにこと笑いながら、楽しそうに手を動かした。

私もその笑顔につられて、自然と笑みがこぼれていった。

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