18話
頭が、痛い。目を覚ました瞬間、頭を金槌で殴られたような鈍い痛みが襲ってきた。額に手を当ててゆっくりと体を起こす。
(……頭がガンガンする……)
目を開けると、見慣れた天井が目に入った。ここは私の部屋だ。優しい朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
(……あれ? なんで私、自分の部屋にいるんだっけ?)
記憶をたどると、昨夜はお隣の農家さんのお家でパーティをしていたはずだ。たしか、初めてワインを飲んで……その後は……その後の記憶が、ぽっかりと抜けている。
(うそ……本当に、全然覚えてない……)
お酒を飲むと眠くなってしまうと聞いたことがある。どうやら私も、まんまとその通りになってしまったらしい。
(きっと、途中で眠ってしまったんだ……)
額を押さえつつ、なんとか重い体を起こしてベッドから降りた。ゆっくりと体を伸ばし、ふらつく足取りでリビングへ向かう。
扉を開けると、リビングから美味しそうな匂いが漂ってきた。
「おはようございます、セシリア様」
レオナード様が、爽やかな笑顔でこちらを振り返る。キッチンの前でエプロンをつけ、フライパンを揺らしている彼の姿は、まるで理想的な庶民の家庭といった光景だった。
「……おはようございます」
ようやく返事をするが、声がかすれていた。私はまだ少しぼんやりしたまま、視線をダイニングテーブルへ向けた。そこには、げっそりした表情のフランツさんが項垂れていた。
「おはよう、セシリア様……」
「フランツさん……どうしたんですか?」
フランツさんの目の下にはクマができており、机に突っ伏している。いつの間にここに来たんだろう?そう思った次の瞬間、予想もしなかった声が飛んできた。
「セシリア様ああああああ!!!」
その叫び声はまるで鐘を鳴らしたかのように響き、私の頭にさらに一撃を食らわせた。思わず飛びのいた私の目に飛び込んできたのは、
「セシリア様ぁぁぁ!!」
緑の瞳を輝かせ、勢いよく走ってきた女性だった。彼女は私を見つけると、そのまま勢いよく抱きついてきた。
「やっと……やっと会えましたぁぁぁ!!」
「え、えぇ!?」
ぐいっと抱きしめられ、彼女の涙が私の服を濡らした。
「ま、待ってください! 誰ですか、あなた!?」
「セシリア様……私ですよ! エマです!」
私は驚きのあまり固まった。まさか、あの……大聖堂で側仕えをしていた、あのエマ?神官の服ではなく、町娘の様な服装になると、だいぶ幼く見える様だ。
エマは大聖堂で私を慕ってくれていた神官見習いの一人だ。気丈な性格で、どんな雑用でも笑顔でこなしてくれる優しい子だった。
「……エマ、なんで……ここにいるの?」
「覚えててくれてたんですね!!それはですね、 ずっとセシリア様を探してたんです!!」
彼女は涙ぐみながら私の手を握り、ぶんぶんと振り回した。
「セシリア様がいなくなった時、もう……。そうです!私、手紙を見つけた時、倒れそうになったんですよ!!」
エマの涙がぽろぽろとこぼれる。
(手紙……?)
ああ、そうだ。あの手紙のことだ。私は大聖堂から出ていく際、一言『私は聖女を辞めます。これまでお世話になりました。』と手紙を残していたのだった。
「……手紙、あなたが見つけてくれたのね」
「当たり前です!! あれを読んだ瞬間、私、神官見習いをやめるって決めましたから!!」
「えぇ!?」
思わず声が裏返った。
「え、ちょっと待って、エマ! どうしてそんなことを……!」
なんでそんな重大なことを即断出来るのだろう。頭が痛いのに、さらに痛みが増したような気がする。思わず大きな声を出してしまった。
「だって、セシリア様がいないところに残る理由なんてないんです! それに、上の人たちはいつも自分のことばかり考えてるんですよ! あんな場所にいても、私の信仰心は揺らぐだけです!」
きつく抱きしめられていた私は慌てて彼女を引きはがし、正面を向かせた。
「ねぇ、今の大聖堂はどうなっているの? 私がいなくなったことで、誰かが困ったりしてない?」
「大丈夫です!」
エマは胸を張った。
「むしろ、みんな目を覚ましました! 今まで、セシリア様に頼りきりだった人たちがいざセシリア様が居なくなった途端に大騒ぎしてるんです!」
全然大丈夫じゃない事を気にせず、彼女は笑いながら続けた。
「それに、私みたいに大聖堂を抜けた人たちも結構いるんですよ。上の命令に従わず、自分たちで本当に困っている人を助けるために動いています。賄賂を受け取ってた神父様たちが困ってるだけですから、安心してください!」
「そ、そう……?」
エマの真っ直ぐな笑顔に、私は苦笑いするしかなかった。
「とにかく、セシリア様に会えてよかったです!」
エマがにっこりと笑う。
「それに、騎士団長様も味方についているわけですから、これで安心ですね!」
彼女の視線が、キッチンに立つレオナード様に向けられる。レオナード様は、フライパンを握ったまま、彼女の言葉を黙って聞いていた。
「あの…、レオナード様」
私が声をかけると、彼は少しだけ肩をすくめた。
「仕方ないです。彼女を追い返そうとしましたが、あなたへの忠誠心は本物でした」
ふふんっと鼻を鳴らすエマと項垂れているフランツさん、そして淡々と朝食を作るレオナード様。
昨晩、3人の間で何かあったのか聞いても、フランツさんとエマは目を逸らすのだった。




