02_05_23
モニタ上に警告表示が大きく明滅している。エンディは背中を覆いつくすように舞い上がる白い靄をなすすべもなく受け止めた。
「ちくしょう…、これまでか…」
悔しさよりも、あきらめが勝っていくエンディ、目の前の風景がゆっくりゆがみ、自身も受け身の体制入った。
その時、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「エンディ!」
目を開け、モニタを見つめると、急速に近づく緑色の光点が視界に入った。
落ちていくウルフブルー、クランの視界の先に、まっすぐ迫ってくる緑色の山猫の機体の姿。突き出た石灰岩の岸壁を駆け上がるオセロットグリーン、マガネの機体が、跳ね上がるようにジャンプをして岸壁を乗り越えてきていた。
「オセロットグリーン!」
バカな!第二ファウンテンエリアに入った時には、奴はまだ、平原エリアにいたはず。どんなに早くても、俺たちに追いつくのは、第三ファウンテンエリアのはずだ。それなのに…、
どんなルートをだどりやがったんだ!
「うけとれよ!エンディ!」
と、エンディに向かってアンカーワイヤーを撃ち放つマガネ。まっすぐ飛んでいくワイヤーがエンディの脇をすり抜けていくと、上昇を続けるオセロットグリーンは、腕を振ってワイヤーをしならせ、勢いを殺す。エンディはオセロットイエローの体をひねって、オセロットグリーンのアンカーを掴んだ。
「しっかりつかまってろよ!」
ジャンプの勢いも天井に達した瞬間、マガネはオセロットグリーンの体を前転させて、ワイヤーをさらに大きくしならせると下降軌道を描きながら、一気にウィンチで巻き上げた。瞬間、グンッ!と体が引っ張られるオセロットイエローが、空中軌道を大きく変えて、横っ飛びに放り出されていった。
「んだと!」
オセロットイエローが落ちるはずだった間欠泉エリアが、一斉に水しぶきを噴き上げた。その盛大な白いカーテンの反射する光を受けながら、オセロットイエローが、石灰棚の平地に激しく打ち付けられていく。
「ぐううう!」
うなりながら転がるエンディが、自身の体に反動をつけると、マシンの慣性が反転して、ビーストモードに変形して起き上がった。足を踏ん張り、ざざざーっ!と地平を滑って身を低くすると、オセロットイエローは前方に向かって駆け出した。
一方マガネのオセロットグリーンもオセロットイエローのさらに前方に身を打ち付けて体勢を立て直すと、バイクモードに変形して、一気に加速して行く。モニタの光点はまだ生きている。そして、マガネのモニタ上の推奨ルートは、自身の光点の真下に沿って前に伸びていた。
エンディ!ついて来いよ!
マガネは心の中で叫び、さらに先に盛り上がる石灰岩の岸壁に向かって加速して行った。
「抜かれた!」
舌打ちをして、ベルはモニタの光点を確認すると、視線をファウンテンエリアに移してエステートの山猫たちの姿を追う。
「なんであいつが!クラン!」
間欠泉エリアに捕まる覚悟でイエローを追い込んだのに!と、信じられないと言った表情を浮かるベルが、ウルフブラウンの機体を急旋回させた。
「くそっ!ベル!ルート変更だ!オセロットどもを追うぞ!」
クランが叫ぶとモニタの表示が変わる。データをベルのウルフブラウンとリンクさせて、あの二人が進むのを阻止しなければならない。
減点覚悟で、せっかく、あのイエローからラフプレイを引き出してポイントを下げたってのに!
クランは、腹を決めると、回り込むように加速して、ウルフブルーを石灰岩の岸壁に向かって大きく跳躍させた。
「あの、アメフトライダーの頭を抑えるんだ!」
エンディのオセロットイエローが、マガネのデータリンクをモニタに映し出す。二つの光点から伸びるラインが、次の連係を決めれば、エンディがこのエリアを脱することを告げている。
「マジか!マガネ!」
とエンディが顔を上げると、その視線の先の岸壁を、緑の機体が駆け上がっているのが見えた。エンディは顔を歪ませ笑みをうかべると、マシンを加速させた。すると、マガネが岸壁のてっぺんで反転してエンディのほうを向いた。
エンディはぐっと力をためると自身のワイヤーをマガネにむかって放った。まっすぐ伸びていくワイヤーをマガネがつかんだのを確認すると、ウィンチを一気に巻き上げ、引っ張り上げられたオセロットイエローが加速していった。
しかし、岸壁を回り込むように走りこんできたウルフブラウンが、マガネのオセロットグリーンに迫って突進してきている姿が見えた。
「突っ込んでくる気か?」
腰をおとして身構えるマガネ。ビーストライダーにとって、明らかなラフプレイは、記録されたレースデータと照合され、いかなる場合でも、大きな減点、さらには退場勧告、一定期間の出場停止も覚悟しなければいけない危険な行為だ。現在では、たかが練習試合であっても、選手の命と体を第一優先としてレース内容は記録され、その後のライドレースでの成績を大きく左右することとなる。
だから基本的には、ラフプレイ自体はほぼないとマガネは踏んでいたが、さすがにまっすぐ突っ込んでくるウルフマシンを目の前に気持ちが怯む。しかも、エンディはすでにアンカーをつかんで連携プレイに入っている。モニタ表示でも、ルートラインの軸線上は、すでに間欠泉の警告表示で埋め尽くされていた。充分な飛距離がなければ、このエリアを飛び越えることは難しい。
このワイヤーを離すわけにはいかない!あのウルフブラウンが突っ込む前に、エンディ、何とか飛び上がってくれ!
マガネは覚悟を決めて、梃子でもこの場を動くまいと、スタンスを広くとって、オセロットグリーンをその場に踏ん張らせた。
クランは、オセロットイエローの後方で、その先のレストポイントを目指して加速する。こちらもロスタイムを作るわけにはいかない。もし、エステートのオセロットライダーを仕留めることが出来なければ、自分たちも早くにこのエリアから脱しなければいけない。オセロットブラウンのライン取りを予測しつつ、クランも、そのサポートができるポイントを割り出し、次の一手に備えた。
マガネのオセロットに迫るウルフブラウンの姿を睨みつけるエンディ。あの狼がマガネに襲い掛かる前に、自分のマシンが跳躍しなければと、走りを加速させる。しかし、ウルフブラウンの機影を目の当たりにして、エンディは思わず、つかんだワイヤーの手を離してしまった。
「うおっ!」
突然荷重を失い、後ろによろめくオセロットイエロー、マガネ。その瞬間、目の前をかすめてウルフブラウンが飛び去っていった。
「ちっ!」
跳躍したウルフブラウンはそのまま対岸の平地へと降り立ち、一気に前方へと走っていく。
エンディのオセロットイエローは、バイクモードに変形すると、自身の加速だけで、大きく前方に飛び出した。目の前の間欠泉警告表示が膨れ上がり、大きなしぶきを上げて行く。
「とどけえええ!」
空中でビーストモードに変形したエンディのオセロットイエローが、体を前方に伸ばして飛距離を稼ごうとするが、高度が伸びない。
「くそっ!」
と前方を見やるエンディ。その視線の先に、ファイヤーホール川の河川付近に生えている大きな針葉樹の枯れ枝が目に入った。エンディはワイヤーをその幹に伸ばしてつかむと、一気に巻き上げた。
グンッ!とオセロットイエローが空中を加速する。吹き上がる間欠泉のカーテンをぎりぎり越えていくと、まだ見えない地平の先向かって着地体勢に入った。
足りない!
焦るエンディの目の前フィールドに次々吹き上がる水しぶき。慌て地面をドリフトし、激しくバウンドする機体が、白いカーテンの隙間を縫って加速していく。目を見開いて必死でマシンを操つるエンディは機体にしがみついて、アクセルを全開にすると、肩をすくませて身を小さくして、白く埋まっていくルートを大きく加速して行った。
モニタに広がる警告表示。マガネが走る脇で吹き上がる水しぶきに飲まれて、エンディのオセロットイエローの姿は見えない。後方に転がりつつも体勢を立て直したマガネは、慌て、自身もエリア回避に向かおうとすると、警告表示奥から抜けていく黄色の光点が目に入った。
「超えた!」
エンディの位置表示が無事エリアを越えて突き進んでいることに安堵するマガネ。しかし、休んでいるわけにはいかない。自分はまだ間欠泉エリアにいる。ここを脱出して、エンディと合流を果たさねば!と自身のマシンをバイクモードにすると、推奨ルートをたどるようにオセロットグリーンを加速させた。
「ちっ!抜けやがった!」
舌打ちするベルは、周りで拡大する警告表示をすり抜けるようにバイクモードで走り抜ける。やみくもにオセロットグリーンに向かって行ったわけではない。ベルの目標地点は、もう一つ先の高台に位置するレストポイントだ。
ここでウルフブルーを引っ張り上げてファウンテンエリアを脱出させる。
もとからウルフブラウンは、オセロットグリーンに直接攻撃をするつもりはなかった。
こんな練習試合であからさまなラフプレイを仕掛けたら、出場停止を食らいかねない。
だから、向かっていったのは、オセロットグリーンの操作ミスを誘うためのブラフだった。
ウルフブラウンは、高台に登ると、ウルフブルーへと向き直った。それを認めたウルフブルーはブラウンに向かってアンカーを撃ち、一気に上り詰めると大きくジャンプをして、間欠泉エリアを飛び越していった。
ここからは、ユニバースとエステートの後続のマシン同士で連携を組むことは無いだろうが、それも織り込み積みだ。どうせウェストサムまでのエリアはお互いにスピード勝負になる。
跳躍した高高度から、モニタ上でオセロットグリーンの様子を探ると、警告表示が激しく瞬くエリアのど真ん中にいた。
「あと少しだったのに残念だったな。」
先行する三機はこのエリアを抜けることが出来るが、グリーンは足止めだ。そう確信したクランは、いたるところから水飛沫が噴き出す第二ファウンテンの終局エリアを眼下に見つめた。しかし、光点は移動を続け、リタイヤの文字も出ない。クランは目を疑った。
あいつ!あの中を噴き出す間欠泉をよけながら走っているのか!
マガネは、バイクモードのまま左右にスラロームをして、次々水しぶきを避けて突破していった。
「あと少し、もう少しで、ファイヤーホール川にトライを決められる!」
警告表示が束になって前方をふさぐと、その先に揺らめく白いしぶきと靄が、マガネに向かって、次々襲い掛かるディフェンサーのように見えた。
マガネは、ポジショニングの狭い隙間を縫うように、マシンを操り、地面すれすれにぬけていく。マガネを阻む間欠泉の位置取りが、ライン取りが見える!あの先に行けば、第二ファウンテンエリアは抜けられる!
バイクモードからビーストモードへと連続変形して、次々間欠泉を突破していくマガネの目の前に、ひときわ大きな警告表示が現れる。
でも、ここはもう、エリアの終着地点だ。川べりに生える緑の木々を視界の先にとらえるマガネ。その先にある大きな針葉樹の幹にアンカーワイヤーを射出すると、機体を一気に加速させた。その後、対角の巨木に向かってワイヤーを射出すると、マシンの機体を急旋回させ、大きく弧描いて曲がるようにして、巨大な水飛沫を避けていった。
空中で大きく回転して、ワイヤーを回収するオセロットグリーン。
「っしゃー!」
思わずガッツポーズをするマガネ。オセロットグリーンが下降軌道に入ると、空中で大きく回転してバイクモードに変形させた。バウンドして着地すると、アクセルを上げて、川を越えて走り抜けていった。
「まじかよ」
ファイヤーホール川のほとりに降り立ったクランが思わず驚き漏らす。
ビーストライダー達が、エリアを越える度に沸き上がる観光客の歓声も、クランの耳には聞こえてこなかった。
「あのランダムに噴き出す間欠泉を避けて走破しやがった」
肩越しにプレッシャーを感じるクランが、
ドリフトしてバイクモードに変形すると、先行するオセロットイエローに続いて、川べりを駆け上がっていく。
ふざけたカッコで飛び入りしてきたくせに、やるじゃねえか…。
モニター上では、迂回をしてエリアを抜けてきたウルフブラウンがファイヤーホール川に到達したのを確認した。油断していたら、こっちが食われる。クランにとって、初めて見るオセロットグリーンの走りは危険なものに移った。データがない、あの選手は何者なんだ?
「ビフに聞かないとな…」
これで、第三ファウンテンエリア、オールドフェイスフルカイザーに向かう順番は、オセロットイエロー、エンディ、ウルフブルー、クラン、ウルフブラウン、ベル、そして、オセロットグリーン、マガネ、順番となった。
油断していたら、ちょっとやばいかもな…
クランは、体をマシンにぐっと寄せると、ウルフブルーを加速させていった。




