02_05_20
オセロットパールのマーカーの上にリタイアの文字が点滅した。
「カインが、間欠泉につかまった…」
テムジが残念そうにつぶやく。ユアンも悔しそうに顔をしかめると、マシンスピーカーからナビゲートの音声が入った。
「オセロットパールは自走不可能と判断されました。マシンはオートドライビングモードに移行してコースから離脱。コース内のマシン回収車へ合流します」
「あああ~残念…、いい線まで行ってたのになあ」
背もたれに体重を乗せて、レイチェルは、無念そうに大きくため息をついた。
「まあまあ、彼まだ一年目だから。健闘したほうですよ」
「わかってるけど、くうううー!」
大げさな身振りで答えていたレイチェルだったか、内心、ほっとしていた。
ロウワー滝を越えたところから、カインの身体と精神状況の不安定さがずっとオセロットAIから報告をうけていたからだ。どこかでレイチェル自信がカインをレースから離脱させる必要があるかもと感じていただけに、結果的にはチームメイトを救う形で一旦レースから離脱できたことに、カインに申し訳なさを感じながらも、レイチェルは、心の重荷が一つ外れたかのような解放感に軽く安堵していた。
「先生。エンディは?大丈夫なんですか?」
ユアンの言葉にテムジがレイチェルのほう向くと、
「大丈夫、機体も本人も無事。レストポイントに収まって待機しているわ」
同じタイミングで、マガネやティナなど、レースに参加している他のライダー達も、オセロットパール、カインのリタイア報告を受けていた。
「え!カイン?」
水しぶきをよけながら進むマガネが驚き声を上げる。一瞬、ロウワー滝で、高高度のボルダリングや空中軌道が難しくなっていたカインの姿が頭をかすめる。
「大丈夫です。マガネ。マシンもライダーも無事です」
マガネの不安を察知したかのようにオセロットAIが答えると、マシンの進む目の前で警告表示が膨れ上がって水しぶきが噴出した。
「今はレースに集中してください」
マガネは、ぐっと気持ちをこらえると。その言葉を飲み込むようにライドレースに集中した。
ゆるくカーブしていくファイヤーホール川のほとりを、銀色の肢体をしならせて越えていくオセロットシルバー。ティナは、モニタ上で点滅するリタイアの文字に目を走らせた。目を細めて、軽く息を吸うと、運転に集中するために顔を上げた。
ここを越えればフェイスフルカイザーファウンテンエリアだ。
大きく舞い上がる水蒸気の煙を針葉樹林帯の向こうに見据えて、カルラは、エステートチームは後何人完走できるだろう、と少し思案した。最悪、自分だけは完走しなければならない。ビーストライドの有利な推薦枠を取るためには、練習試合でも確実に技術点を獲得していかなければならない。
一瞬、後続のメンバーに、今は何もできないことを申し訳なく思うティナだったが、元からこの程度で脱落するなら、これからの試合でも、チームそろっての勝利は望めない。
鼻腔を刺激する硫黄のにおいを感じながら、ティナは、オセロットシルバーのスピードを上げて行った。
「水しぶきが止むまで、あと10秒くらいかな?」
モニタ上で明滅するリタイアの文字を見つめながら、ベルはじっと、立ちはだかる間欠泉を見つめていた。リタイアしたオセロットパールが飛び出した時、イエローも同時にデータリンクを拒否して回線を切った。おそらく共有したマップデータが細工されたものであることに気が付いたのだろう。
「データを信用しすぎるのも怖いもんだね…」
見物を決め込んでいられる自分を振り返りつつも、もし、これが乱戦必死のレース場だったらと思うと、ベルは想わす「回避できねーじゃん」とつぶやき、少しぶるっと体を震わせた。
クランはデータリンクをした際に、採取された仮の予測マップを、リンクデータとして滑り込ませて共有した。それは、作為的にレストポイント位置をミスリードするための偽のマップデータだ。そのデータをもとに走れば、あるはずのないレストポイントを求めて、危険な間欠泉が重なるエリアに誘導される。
先行するはずだった相手方のオセロットイエローは、そこで間欠泉に巻き込まれてリタイアするはずだったが…
「勘が良い相方に助けられたな…」
とつぶやくと、正規の予想ルートを復元して、次のルートを確認するクラン。
「さすがに、この後も協力体制ってわけにはいかねーよな…」
データリンクは遮断され、オセロットイエローは沈黙したままだ。
まあいい、一機はリタイアさせて作戦は成功。イエローストーン渓谷と今回の件で、あの黄色いオセロットには相当な恨みをかってそうだ。
ふん…と、鼻で笑うように息を漏らすクラン。彼にとって今回の練習試合は、もとから、新設されたイエローストーンコース視察のために組まれたものでしかない。コーチには走破中のデータ収集をメインに、ビフからは、
「エステートのティナと、後続のお荷物どもを引きはがせ」
と役目を与えられ、それ以上のことには、特に興味も気負いも感じていないクランだった。レースの後半も、役目と仕事はきっちりこなす。
うすら笑いを浮かべて、クランは徐々に下がってくる水しぶきを見つめながら、飛び出すタイミングをうかがっているウルフブルーのハンドルをぎゅっと握りしめた。




