02_04_03
「マガネ達が針葉樹林エリアに入った」
ピットインスペースでレースの様子を見守るテムジが声を上げた。
「うまくすれば、カイザーファウンテンエリアで追いつけるかも?」
「思ったより、健闘してるんじゃない?これ?」
「頑張って!ティナに追いついて…」
モニタを見つめて祈るようにレイチェル。
「うひょおおおお!やべえええ」
マガネに迫る巨大針葉樹の群れ。木々の隙間を縫うように進むも、機体のバランスがつんのめり、オセロットグリーンが右へ左へ激しく蛇行してくるくる回っているようだ。
「心拍増大、極度の筋肉の緊張が見られます。セーフティを上げます」
告げられたマガネのオセロットグリーンが、見る見る速度を下げていく。
「ちょ!なにやってんだ!マガネ!カイン!」
見るとエンディをトップにカインのオセロットパールもあっという間に後ろに下がっていく。
「お前ら全然だめじゃねーか!ちゃんとルート追跡して来いよ!」
エンディは頭を抱えつつも、スピードアップを図る。追跡モードをONにして、機体を必死で立て直していた。このままでは、エンディの後ろに追いつくこともできない。
「わりい!トレースさせてもらう!」
恥ずかしそうにエンディにいうマガネ。エンディがにやっと笑うと、
「あたしのケツを拝めるんだから、ありがたくついて来いよ!」
前方を向いたマガネとカインの顔が、かあっと赤くなると、鼻で笑うエンディは、オセロットイエローをヒューマノイドモードに変形させてワイヤーを発射した。
針葉樹林の幹に巻き付けて前方に大きく跳ね上がっていくエンディ。慌てて後に続くマガネとカイン。6期生のエンディにすっかり頭を押さえられて、少し気まずそうに後を追うマガネ。カインも後方で遅れまいと進んでいたが、ふとモニター上でマップ確認すると、自然動物保護区域がすぐ近くに隣接しているため、走行可能エリアが途切れている。
「エンディ!ルート確認!」
慌てて、エンディが進入禁止エリアの警告を回避するように、ワイヤーを右手へ発射。旋回してコースエリアの中央へ向かって行く。
「エンディ!こっちだ!」その後方からマガネが大きく旋回すると、自身のワイヤーを前方に撃って、エンディのマシンの前に躍り出た。エンディはマガネに向かって手を伸ばすと、振り子のように降られて、左のコースに向かって大きくルートを迂回した。
「うおおおおお!ふられる~~」
エンディが、エリアの外に出ることを回避させたマガネの機体だったが、次は自分がエリア外警告を受ける...
「マガネ!」
次はカインがマガネに手を伸ばす。マガネがカインに向かってワイヤーを撃ちだすと、カインがそれを受け取り、マガネをエリアの内側に戻した。
「サンキューカイン!」
「やるじゃん!マガネ!」
よろけそうになる機体を立て直して走るエンディが、マガネに向かって言った。言われたはいいが、オセロットのセーフティが上がっているのでイージーモードでコースプレイをしているマガネは複雑な気持ちで聞いていた。
ここまで、本格的なエンデューロは初めてだけど、でも、なんとなくコツは体が覚えている。ジンジンと手足が震えて、実感と共に気持ちが沸き立つのがたまらないマガネの顔に嬉しそうな笑みがこぼれる。今はオセロットにずいぶん助けられているけど、少しずつセーフティを下げていける自信も、気持ちの中にはあった。
怖え!超怖えけど…たまんなくおもしろい!
「くっそう!でもこんなんじゃ、全然おいつけねーじゃん!」
エンディが不貞腐れるように言うとマガネが申し訳なさそうではあるが、
「でもエンディもてこずってんじゃん!」
と突っ込んだ。ぶすっとした表情を浮かべて、
「あいつらがおかしいんだよ!」
と不満げに言った。そんなエンディを宥めるようにカインが「密林コースは上級者向けだから仕方ないよ…」というと、一同ため息をついた。ここにいる全員、トップを走るティナたちより、だいぶライドテクニックが落ちることを痛感している。マガネも素直にそれを認めると、カインが観念したようにオセロットに言った。
「オセロット!トレーニングモード!ナビお願い!」
「承知しました。」
若葉マークの自分は、せめて足手まといにならないよう、今は着実に進まなければ!少なくとも体力だけは、他のライダー達にも引けは取らない!…と思いたい。ここまで来た以上、だから、どんなに遅れても、完走だけはしなきゃ!と心に誓うマガネは、エンディとカインに従ってナビに従ってルートをやや南に下っていく。そんなマガネ達の後ろから、大きな何かが転がってくるような音が聞こえる。肩越しに振り返る三人。見ると、そこには、マガネ達に向かってくる大きな黒い影が迫ってきていた。
レイチェルたちは、ビフ、ティナ、カルラのトップライダーたちの様子を見つめていた。ティナを挟む形で針葉樹林帯を、手堅いペースで走破していく三機に続き、その後ろからユニバースのウルフブルーとブラウンが猛追を始めていた。バイクモードで走るよりも、ビーストモード、ヒューマノイドモードは、四肢の運動をダイレクトにマシンに伝え続けることになり、体力消費が激しい。スタート地点からすでに1時間以上が経過し、レースも佳境に差し掛かるころ、ライダーモードで走ることがほとんどかなわない針葉樹林帯は最もライダーたちも体力が削られ、ペース自体が抑えられるエリアではあるが、それゆえに、後続のライダーにも、ラップを取り返せるチャンスが与えられる。
「マガネ達は?」
「見て見て!なんかすごいスピードアップしてる!」
「ほんとだ!どうしたんだ!」
ウルフブルーとブラウンの加速に負けない勢いで、先頭集団に猛追する、エンディ、カイン、マガネのマーカー、針葉樹林帯の東、遅れること数キロの位置にあった、彼らのペースが上がっている。一瞬喜ぶレイチェルの顔が、見る見る訝し気に曇っていく。
「でも、これって…」
「うわうわうわ!」
「止まるな走れ!絶対止まるな!」
「ここってここって!」
「グリズリーの獣道だ!」
後ろから草木をなぎ倒すように追ってくる黒い塊。
「いいから走れ!エンディ!カイン」前方の二人に向かって叫ぶマガネがモニターを見た。
スピードを上げるあまり、エンディもカインも走りやすいルートを選択し、オセロットが提示している最短コースから大きく逸れ始めていることに気が付いた。
「スピードは上がっているけど、なんかコースがずれてきていない?これ?」
モニタを指さすレイチェル。その指先を覗き込むテムジとユアン。
「ほんとだ!これじゃ、また走行可能エリアから出ちゃうんじゃ…?」
グリスリーの巨体に追いかけられる恐怖に加速していく三機は、針葉樹林エリアの最南端から迂回ルートに入っていった。川べりの木々の薄い場所に飛び出し、小さな浅い川べりをビーストモードで疾走する三機。トップはマガネ、次いでエンディ、そしてカインだ。ビーストモードでなりふり構わず全力疾走を続けるエンディとカインの息が上がる。
やばい、思った以上このペースを守るのはきつい。
エンディがそう思ったときに、マガネの機体が宙に浮いた。
ワイヤーを飛ばしたマガネが後方へ飛び出し、針葉樹林帯に向かって機体を跳ね上げると斜面を上に向かって走っていく。ㇵっとその行き先を見るエンディ、見ると、その後ろをグリスリーが追いかけていった。
おとりになってくれた?
ペースをやや落としながら息を整えるエンディ。後方からカインも現れた。カインの息も相当上がっている。そんな二人の目の前に、なだらかに広がった丘陵地帯が姿を現した、いくつかの山肌には草木に交じって棚田のような段差が作られた岩場が盛り上がり、その向こうで、強い臭気を含んだ水蒸気が空に舞い上がってきた。どうやらここは、イエローストーンの山の中腹に位置するカイザーファウンテン(間欠泉)エリアに近い場所らしい。石灰岩を含む岩場はもろく、足場が悪い上に、数千度を超える間欠泉がそこら中から噴き出し、酸性の熱湯をたたえた温泉があらゆるところに口を開ける危険地帯のため、そこは立ち入り禁止のコースエリア外だ。足を踏み入れた瞬間失格となってしまう。ナビに従って走っているつもりだったが、エリアギリギリで、やや迂回ルートを全力走っていたことに今気が付いたエンディは、生唾を飲み込むと。ペースをやや落としてカインに近づいていった。
「カイン!大丈夫か?」
激しく息を上げるカインが、エンディのほうを向いて「う!うん…マガネは?」
「後方へそれて行った…グリスリーを連れて…」
はあはあと息を切らせるカインにエンディが続けた。体が引き裂かれるように重い。今はペースを上げられないけど…。
「大丈夫かな?マガネ?」
と心配するカイン、ちらと後方へ視線を送るエンディ。ルートの先でマガネが追い付いてくることを願うしかない、と思い直すと前を向くと
「今は、先を急ごう…あのウルフブルーとブラウンに追いつくんだ。
針葉樹林帯のエリアに戻ったマガネは、オセロットナビに沿って、枝葉の間にワイヤーを張って空中ルートを進んでいた。マガネの息が上がっている。一定のペースを守ってワイヤールートを確保して、どうやらグリスリーをまくことには成功したが、ほぼ引き返すように全力で走ったマガネも相当な体力を消耗していた。
途中、極端な迂回ルートにずれていることに気づいたマガネは、グリスリーも引き付けるために、一旦北のルートに戻ったのだったが、その時、オセロットからの指示ルートが目の前に飛び込んできた。野生動物の生息域マップと、ルートマップの提案が三つ。マガネは、オセロットが推奨する北側の迂回コース選択した。
結果、グリスリーはまくことができたが、エンディ達からもずいぶん遅れてしまった。
マガネの息が弾む。
ビーストモードでの連続走行がこんなにきついとは思わなかった。今はどの辺だろう?と息を整えながら進むマガネ。
そんなマガネの考えを察するように、オセロットがモニタにマップ上の現在位置と推奨ルートを表示する。息を整えて見つめるマガネ。
ゴールまでに追いつけるかな…。
「密林コースは上級者向けなんだよ!」
「オセロット!トレーニングモード!ナビお願い!」
さっきの二人の言葉が脳裏によみがえる。観念したように肩をすくめるマガネ。
「オセロット!推奨ルートのナビを頼む。トレーニングモードで!」
「承知いたしました!」
「出来れば、スピード重視で…、前の集団に追いつくように!」
マガネが念を押すように言った。それを聞いたオセロットだが、一瞬沈黙したかと思うと
「最善を尽くします。マガネモードに備えてください」
と答え、モニター上に針葉樹林コースの推奨ルートが集約されて表示した。マガネはナビに従って腕のワイヤーを射出すると、空中に縦横無尽に張り巡らされたような巨大針葉樹林の枝葉を伝って飛ぶように進んで行った。
ペースを保ちつつ走るエンディとカイン。
ややオーバーペースに息を上げながら、木々の間を走り抜ける。
このようなまともな道がないコースは、ラップが上位の有利な集団ほどペースを上げずに手堅く走るものだ。そう考えながら目を凝らして走るエンディ。すると、前方の北側の針葉樹林帯を飛び交う小さな影が見えた。
狼?
いや、ウルフタイプのブルーとブラウンの機体。ユニバースのビーストライドだ。
どうやら全力でグリスリーから逃げていたおかげで、目視できるところまでは追いついてきたようだ。成り行き上マガネを置いてきてしまったが、ここからは、前方の集団に追いつくことを優先させてもらおう!と勢いづくエンディ。
「お前の尊い犠牲は無駄にしないぞ!マガネ」
意を決して叫ぶ声にカインが、「いやいや、死んでないって!」と突っ込んだ。




