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すっかり暗くなった家路を、マガネは淡々と走っていた。
地平までまっすぐで平坦な道が多いこの辺りは、走るコースに変化が乏しいので、帰りのほうが走るのが辛い。とにかく家まで一直線だ。
点在する明かりは少なく、地平の先に見える家の生け垣の電灯に向かってひたすら走る。
しばらく走っていると、目標の電灯の明かりの下に小さな人影が見える。あれ?誰だろうと目を凝らすマガネ。
ハッ、と表情を変えて、目を疑う。自転車を脇に立てて立っているあの人影はテムジだ。
なんでこんな時間に?と驚くマガネは、人影に近づいていった。
「テムジ、おまえ!」
ランニングを終えて、ゆっくりテムジに近づくマガネ。
「事情はティナから聞いたよ」
あっ…っとマガネが,ちょっと寂し気な表情を浮かべた。テムジは思いつめたようにうつむき、マガネに向かって言った。
「僕は、もっと軽い気持ちで考えていたから、君と、ビーストライドできたらって…。僕の両親も、ビーストライドに反対しているけど、君のところは、もうちょっと複雑なんだね。」
「わかってるなら…」
目を伏せて、済まなさそうな表情を浮かべるマガネの言葉を遮るようにテムジが言った。
「ティナが!ライド部が、もう危ないんだ。ライダーが居なくて…、週末の試合もボロボロに負けたら、次は活動自粛だ。」
「でも…、俺にもどうにもならないよ。マシンにはもう、何年も乗っていない。あと、同じ日に選抜試合がある。俺、スタメン候補だからさ、抜けるわけには…」
テムジに向かってマガネも答えると、テムジはさらに語気を強めて言った。
「そのことを知っているビフが、今、ティナにこう持ちかけている。『わざと負けろ』って、そしたら、『ビーストライドの特待生としてユニバース学園に編入させてやる』って。」
マガネの表情が、さっと変わる。その表情を見たテムジがマガネに向き直ると、
「君は、これが、許せるのか?」
テムジの言葉に、しばらく茫然とするマガネが、少し思案し、やや力が抜けたようにため息をつくと、
「…そうか…、いいんじゃねえか、…特待生なら…。好きなだけビーストライドに集中できる。あいつの家も経済的に厳しいからな…こんなところでくすぶるくらいなら…。」
「本気で言っているのか!マガネ!」
驚いたテムジは、持っていた自転車から手を放し、マガネに詰め寄った。ガシャンと倒れる自転車をそのままに、テムジは、マガネの両肩をつかんで揺さぶる。
「本気で言っているなら、がっかりだよ。マガネ。君は僕がこの学校に編入してきた時、いじめられそうになった時、一番最初にかばってくれた!友達になってくれた!僕はすごく感謝している。だから、今、自分に正直になってビーストライド部に入れたんだ。」
まっすぐにマガネを見て訴えるテムジだったが、うつむいたまま目線を合わせず、マガネはテムジの手をつかむと、その手を下して力なく言った。
「帰ってくれ!……俺には……もう関係ない事だ…」
テムジはそんなマガネを悲しそうに見ると、うつむき、ゆっくり後ずさっていった。しばらく沈黙が続いた後、倒れた自転車をテムジが立て直すと、自転車にまたがって言った。
「僕は…、マガネを待ってるよ」
元来た道を、自転車で走り出すテムジ。マガネは、去っていくテムジを見ることもできず、その場に立ち尽くしていた。
電灯の明かりに照らされるマガネを、善五郎は二回の窓際で見つめていた。あごひげをさすりながら「やれやれ…」と困ったようにつぶやくと、部屋の奥に消えていった。




